議員の役割

梅雨の晴れ間、早朝でも蒸し暑い中、家の前のノウゼンカズラやアベリアの落花をほうきで掃く毎日です。秋は金木犀、冬は山茶花、春は乙女椿とミニ桜、そして夏、ミニサクランボの収穫も終わり、そして今ノウゼンカズラ、激変社会のなかでも変わらぬ季節の一巡に心が癒されます。

九州ではこのところ毎年死者も出るほど大雨の被害が甚大です。気象情報も津波警報の反省を受けてか、「これまで経験したことのないような大雨」という表現に変わり、一瞬違和感も覚えましたが、今年もかと心が痛みます。

6月議会が終わり、市民の広場セミナーが終わり、建設委員会の視察、予算要望聴取・・・と休む間もなく大事なものごとが進んでいます。お知らせしなければならないことがどんどん積もりますが、レポートが追いついていません。今日こそと思う毎日でもあります。

山積する報告事項をさておき、昨晩開かれた「受益者負担の適正化に向けた育成室保育料等の改定に関する説明会」で深く感じ入ることがあったのでまずお知らせします。

育成室とは昔の学童保育のことです。親が働いていて、学校からまっすぐ家に帰らない子供たちなどが放課後すごす場です。その料金が10年以上4000円/月のままだったのを今回改定しようということで説明会が開かれました。

改定の方針は、行財政改革推進計画に基づく受益者負担の適正化という考え方で、直接支出した経費を基本とし、それに行政サービスの性質による区分1~4ごとの負担割合(育成室は第4区分で負担率25%)を掛け合わせて算出するものです。その方法で算定した試算額はなんと10000円/月ですが、いくらなんでも上げすぎとの「激変緩和」の観点から来年度は5000円、2014年度6000円、15年度7000円とし、15年度の見直しで本来の算定額にする方向で検討するとのことです。自治制度・行財政改革特別委員会の傍聴を何度かスルーしてきた私の理解を超える方針で、予定の8:30を大幅に超え9時半近くまで参加者約50人からも質問が絶えませんでした。

主な質問は、現行料金には算入されていない人件費をなぜ入れるのか? 子育て支援の看板を掲げる文京区がなぜ育成室を公共性の高いサービス(第1区分)としないのか? 第4区分の負担割合が25%という根拠は? 保育園は応能負担なのに育成室はなぜ応能負担にしないのか? などでした。

区の財政課長と児童青少年課長が回答を担当し、保育の質の確保や待機児解消、税金投入の公平性確保、民間でも提供しているから市場的、など縷々述べていましたが、健全財政の文京区が今回人件費を入れた理由などは全くわかりませんでした。特に25%の根拠はほとんどないらしく、原価算定のコストについてはよくわかったものの、公共的と市場的の差が曖昧なため、25%についてはかなり不満が噴出していました。

問題は利用料の範囲を超え、区の哲学、区長の施政方針に及ぶように思いました。

①受益者とは何か、受益の益とは何か?預ける親だけの利益なのか?

育成室に関する受益とは、保育園とほぼ同じ、すべての人が子どもを育てながら働きやすい社会になることであり、受益者は区民であり未来の文京区ではないのでしょうか。

②行財政改革か子育て支援かという問題なのか、また公益的vs市場的というパラダイムでいいのか?

行財政改革は税の配分についての区の方針があってこその改革、文京区が子育て支援を公共的ととらえるなら行財政改革において第1区分の行政サービスとすることもできます。新たな公共の担い手と言い、公共サービスの補完的役割を民間委託に求める文京区が、民間でも提供しているサービスは市場的と決めつけるのはおかしいし、充足率、利用率=需給バランスは算定の基準としないとしながら需給バランスで決まる市場的なカテゴリーに含めるのも変です。参加者からも限りなく第1区分に近いという意見がありました。

③税の公平配分とはどういうことか?

どうして第4区分で25%負担なのかという質問に、区は公平性を理由としてあげていましたが、会場からは、我が家は区内の行政サービスでほとんど育成室しか利用していないのに・・という声もありました。ほとんど介護サービスしか利用しない納税者もいれば駐車場しか利用しない納税者もいるかもしれません。働ける人は働いて税を払い、不運にも働けない人や障害を得た人は保護を受け、若いときは出産や子育てに支援を受け、老いては介護サービスを受ける、総じて公平を保てばよいわけで、育成室を利用しない人がいるから利用者の負担ゼロが不公平とは言えないのではないでしょうか。

④なぜ応能負担ではなく一律なのか?

不公平を言うならこちらの方が不公平感は大きいと思います。区によると、応能負担を導入するとシステム変更や人件費などの経費が増大するため、利益衡量をしてやめたということです。しかし、住基ネットなどこれまでも利益衡量をすれば大損害の導入はいくつもあったし、きちんと手続きを踏めば税務課の情報を目的外利用で各課の施策に活用することは可能で、せっかくのIT化を公平性のために活用しないのは無駄とも言えるので、区民の理解は十分得られると思います。

 

会場からは、説明会での意見がどう反映されるのか疑問も呈されました。 最終的には条例案として9月議会に提案されるが、この場での意見が全部反映された案になるとは限らず、その案を通すかどうかは議員の判断に任せる、と議会に投げた形で終わりました。傍聴していた議員は多数いましたが、この議論をどう考えるか、私は身の引き締まる思いでした。文京区という社会が子育てをどうとらえるかの問題です。イクメンを自認し不妊治療に助成する区長は、単に自分と境遇が似ているから応援したいだけなのか?社会にとって子どもが大事だからではないのでしょうか。「子育て介護は社会の仕事」と「東京生活者ネットワーク」が初めて訴えてから13年、「子育ては家族が家庭で」という揺り戻しもある中で、どういう条例案が出てくるかに注目し、ぶれずに結論を出したいと思います。

■区立幼稚園保育料改定に関する説明会(第2回)は 7月14日 10:00~ 区役所5階会議室AB

■育成室保育料改定に関する説明会(第2回)は 7月16日 10:00~ 区役所21階会議室

国連持続可能な開発会議(リオ+20)

成果に乏しく具体性を欠くと厳しい評価を受けてリオ+20が終わりました。先進国と途上国の溝が埋まらず宣言文の採択も難航しましたが、有限な化石燃料を使って先に発展した先進国がより大きな責任を負うとする途上国の主張や、期限付きで達成を目指す「持続可能な開発目標」を2015年までに策定することなどが盛り込まれ閉幕しました。

日本から農林水産業生産者(farmer)の立場で参加した藤原敬さんのHP参照homepage2.nifty.com/fujiwara_studyroom/kokusai/rio+20portal/rio+20portal.html

日本は原発事故の影響などで2020年までに1990年比25%の温室効果ガス削減目標を達成できなくなりましたが、京都議定書の2012年までの目標達成はどうなったのでしょうか。検証はされているのだろうけれど見えず、中長期目標を立てるのは目標でもその達成は目標ではないようにすら見えます。

目標自体の策定が2015年で、さらにその先の達成期限は何年後?では、原発事故を見た今となっては無常観もただよい、まるで空想未来物語。関心が低くなるのは必至と危惧します。

そんな中で、リオから送られてきた写真が現実的に魅力的です。

コパカバーナ海岸通りの歩道、自転車道、車道の理想のバランス (写真をクリックするとフルサイズになります)

6月議会が始まりました

文京区議会2012年第2回定例会 (6月8日~26日)

各議員の一般質問要旨は以下

www.city.bunkyo.lg.jp/kugikai_nittei_yousi242.html

藤原は以下について質問します。12日2:50頃からですので、お時間があれば傍聴にお越しください。

●春日・後楽園駅前地区市街地再開発について
  ・風環境の悪化について
  ・交通規制に関する周辺住民の合意形成について
  ・人口推計と住宅供給量の適合について
  ・コミュニティディベロップメントについて
●都市マスタープランと文京区がめざすまち
  ・絶対高さ制限について
  ・高度地区の対象から除外された「都市核」について
●公共建築物木材利用促進に関する文京区の基本方針策定について
●文京区安全・安心まちづくり条例について

 質問提出が6月1日で質問をするのが12日、間があきすぎです!あ~、しまった、ああ書けば良かった、こんなこと書かなきゃ良かった、などと後悔の毎日です。もう質問は変えられません。

特に安全・安心まちづくり条例については、ちょうど質問提出後、監視カメラがらみの重大事件が起こり、警察の捜査上のカメラの重要性・評価が注目される中、誤解を招きそうな内容です。

私の言いたいのは抑止効果をねらって防犯カメラを住宅地に多数取り付けることの問題です。明らかに犯人特定、追跡が目的の銀行や駅などの監視カメラとは異なります。住宅地区内のカメラは、他に犯罪を振り向けることによる特定地区内での抑止で、犯罪そのものの抑止ではないと思います。このタイプの抑止はすべての住宅地区、区内いたるところにカメラを取り付けなければ全体の抑止にはならない、結果監視社会になる。そういうことをもっと強調すれば良かったと今にして思っています。

カメラ設置よりも画像の運用を厳しく規制する方が良いという根強い意見もありますが、設置してしまえばどうとでもなるのが世の中です。

今回のオウム事件でも監視カメラ画像の扱いに漠然とした危機感を覚えています。あれだけ似ていない、どう見ても違う特徴の画像を同一人物と特定するための特殊技術は、高度すぎて誰も異を唱えられない。私ではないと抗弁しても、高度技術が間違いないと言い切れば、返す言葉がない。衆人環視というわけにはいかない特殊な世界で、これがあなたの顔です!と決められることの恐怖を感じざるを得ません。

今回も、穿った見方をすれば、とにかく未解決の重大事件を解決したい一心で、警察が強権を発動したと思えないこともありません。たまたま自白があれば良いですが、自白を強要され、あるいは無視されたことによる再審事件も相次ぐ時代、どこで撮られているかわからないのはやはりいやです。

 

 

太陽エネルギー&自然の恵み

今朝起きるとテレビが大騒ぎしていました。金環食、金環蝕、きんかんしょく・・・

数日前にコンビニや100円ショップで日食眼鏡を売っていると聞いたのですが、一昨日はもう売り切れていました。こういうの日本人って好きだよなあ。世界ではどうなんだろう?そういえば十数年前の獅子座流星群大出現のときには、夜中に子どもたちを車に乗せて飛鳥山公園に行き、芝生に寝ころんで明け方まで眺めたっけ。私も好きだなあ、暇だったなあ・・・

というわけで金環食はどうしよう。テレビでは盛んに、「絶対に直接見ないでください。サングラスでも危険です。黒い下敷きでもダメです。・・・」太陽のエネルギーってすごいのです。発電もできるけど目も潰れる。

で、夫が作ったのが名刺にボールペンの先でピンホールを開け、黒い板に写すピンホールカメラタイプ。まあ適当なもんで一応見えはするのですが、結像が小さいし、大きくしようとするとぼやけるし、なかなか難しいのです。

とそのとき、7時32分、すう~っと暗くなり、一転俄かにかき曇り、雲に隠れたのかと思いきや、なんと金環食!

金環食の出現で夕暮れのような光量になったのでした。強烈な太陽光が月によって遮られ、サングラスだけの私の肉眼でもはっきりと見えました。金環食、やはり感動ものでした。

いつも晴れか雨かは気にしても太陽には関心をはらわなかった罰当たりな私ですが、自然のエネルギーは太陽に限らず感動的です。その太陽エネルギーを光合成という形で活用し、二酸化炭素を固定しているのが森林です。森林がなくなったら二酸化炭素の吸収や固定はできず、空気中の水分や酸素が減り、温暖化が進み、洪水が起こり、・・・その他たくさんの影響があり、人間の生活は維持できなくなります。

そんな有難い自然の恵みの森林ですが、今、原発事故の影響で樹木が放射能をたくわえ、放射線の害が心配されています。中には子どもを外で絶対に遊ばせないとか、公園の木や土が心配だから全部除去してほしいなどという極端な要望も親御さんから出ています。被災地では仮設住宅に放射能木材が使用され、日々被害にさらされている人々もいると聞きます。チェルノブイリでは今だに森林の放射能汚染が問題になっています。本当にどう考えたらよいか、考えこんでしまいます。そんなとき、こんな催しの案内が届きました。私も議会中ではありますが、時間があれば是非参加したいと思います。

www.sainoki.org/info120420.html

NPO 法人才の木 トークカフェ

森林の放射能汚染Pt.2
~消費者の視点から安全安心の生活を考える~

話題提供(トーク順)

「放射性物質による住環境への影響と除染」
大志万浩一・住友林業(株)筑波研究所 主任研究員

「放射能による森林や木材への影響について」(仮)
高野勉・独立行政法人森林総合研究所 木材特性領域 領域長

司会進行:市田憲・認定NPO才の木

日時 平成 24 年 6月 20日(水)13:30~17:00
場所 東京大学弥生講堂アネックスセイホクギャラリー
主催 認定NPO法人才の木
参加費 無料※一般参加歓迎

→チラシをダウンロードする

考えたいポイント

3.11東日本大震災は原発事故が引き起されたことで、地震災害を超えた大きな影響を私たちの暮しに与えています。具体的には、被災地では、住宅等の再建に必要な木材を使用することは安全なのか?では、東京ではどうなのだろうか?

クローズアップされつつある森林の放射能汚染について、そもそもどのようなデータが公表されているのだろうか?私たちはそれらをどう読み解けばいいのだろうか?

才の木トークカフェでは、スピーカーから森林の放射能汚染関連の公表されている科学的データを分り易くとりまとめて、消費者視点からの話題を提供していただきます。風評に惑わされることなくデータに基づく事実を知ると共に、変ったこと、変えるべきこと、変らないこと、など今後のライフスタイルについて考えます。

コーヒー片手に気のおけない雰囲気のもとで、参加者と一体となって分りやすく語り合う才の木トークカフェ、みなさま是非ご参加ください。

問合せ先

NPO 法人才の木事務局: 〒113-0023 東京都文京区向丘 1-1-17 タカサキヤビル4階
TEL&FAX : 03-3813-1567
E-mail: info@sainoki.org
HP: www.sainoki.org

 

懐かしい「ほうりのしま」

上関原発をめぐって反対派と賛成派に割れている祝島の人々の暮らしと祝島の風土をドキュメントした映画、「祝の島」(ほうりのしま)を観てきました。

一目見てデジャビュのような懐かしさを覚えました。

島のあちこちに見られる石垣の黒っぽい石積みが美しい。

まるで鞆の浦を思わせる波止場の雁木が美しい。

装飾を施した船渡御祭りが美しい。 人口がたった480人の島なのに、祭りになるとぞろぞろ人々が帰ってくるというところが神奈川県真鶴町の貴船祭りとそっくり。(私は真鶴の美しさに魅せられて、ふるさとでもないのにふるさと町民になっています。)

反原発映画を観に行ったつもりでしたが、映画そのものの美しさに圧倒されました。こんな日本の美しい原風景を原発なんかに台無しにされたらもったいなすぎる。

登場人物に多くを語らせないのに、とても多くのメッセージをもらったような気がする、本当のドキュメンタリー映画でした。

みなさまも機会があったらぜひご覧ください。  www.hourinoshima.com/

桜切るバカ梅切らぬバカ

 

みんなで見ると華やかで桜仲之橋120409上流.jpg
ふたりで見ると優しくて
ひとりで見ると胸がざわめく、、、桜が大好きです。

先週の土曜日あたりが最盛期で、その後散り始め、もうそろそろ今年の桜も見納めかと、昨日いろいろ回ってきました。

神田川沿いの桜がとりわけ好きです。

高戸橋の下流の曙橋から川沿いに入り、面影橋、三島橋と歩いてくると、それぞれの橋の上では大勢の人がお花見をしています。

ブティックの庭をおでん屋さんにしている店あり、屋台のやきいも屋さんあり、欄干にもたれて食べたり飲んだり写真を撮ったり、老若男女思い思いの楽しみ方をしています。桜仲之橋120410.jpg

ビニールシートを敷いて席取りをしての日本独特の花見宴会とはまた違った、以前に見た目黒川と少し似たところのある風情です。

仲之橋を過ぎたあたりに人だかりが。

なんだろうと近寄るとこんな看板が目に入りました。

環四120410.jpg環四1204102.jpg

都市計画道路の環四道路の工事で新しい橋を架けるために桜を2本水元公園に移植するというお知らせです。

枝と根を大きく切り取り、養生して移植すると告知していますが、看板の周囲に集まる人々は口々に「無理だよなあ、こんなに切っちゃあ。枯れちゃうよ。桜切るバカ梅切らぬバカって言うじゃない。。。」などと話しています。

環四道路は文京区内の不忍通りの延長が高田をトンネルで抜け、神田川を突っ切り、戸山公園を回避して富久町、内藤町あたりまでぬらりくらりと計画中の道路ですが、関係筋によると、桜を切る計画はどうしても反対が強くなるそうで、無理でも移植にするそうです。

無理だから枯れてしまいますが、枯れたらあ~あですますのでしょう。あ~あ。

環三道路も植物園を突っ切り、小日向をトンネルで抜けるなどという話が以前にありましたが、播磨坂だけで止まっていてやれやれです。

車のために木を切るのはやめていただきたいと強く思います。

 

私の中の記念日

ちょうど1年前の今日、12月29日、3人の女性が集まり、膝詰めで相談し、統一地方選挙で区議会に私が立候補することを決めました。

年老いた舅と姑がいる、関心がまちづくり・都市計画・環境分野に偏っている、私自身が若くない、今の生活を変えたくない、等々、はっきりいって障害も多く、適任とは思えず、決心がつきませんでした。

しかし、地域主権はかけ声ばかりで市民自治が進まず、請願も意見も提案もまったく通らず、市民は参加疲れ、どうにか市民の声を議会に伝える無所属の議員をふやさなければ、という思いもあり、2人の熱心な説得に負けた形で、苦渋の決断をしました。

そしてその後、3人に2人プラスで、5人でカラオケに行ったのです。5人で狂ったように勝手気ままに歌いまくりました。演歌組、童謡組、パンクロック組、70年代組、それぞれ無理矢理喉のつかえを飲み込んだみたいに。すごいことになりました。

その後、それまで地域でまちづくりの問題を考えてきた仲間が応援してくれることになり、少しずつやる気が出てきたところに、3.11が来たのでした。

あの日、私は支持者の一人と区役所11階の選挙管理委員会室で事前審査を受けていました。そこにあの震度5弱。机の下に入って!と言われ、入っていたけれどなかなか揺れが収まらず、腰が痛くなって・・・もともと超高層は人の住むところではないと思っていたので、絶対こんなところでは死にたくないと思い、揺れが収まり次第、階段を駆け下りたのですが・・・

事務所に帰ってみたら、ご自分の家のこともさぞ心配だろうに、みんなまだいて、私たちの帰りを待っていてくれたのです。あんな地震を区役所で経験し、愛想を尽かしてやめてもよかったようなものですが、これが効きました。もうみんなと一緒にやるっきゃないな、と。

今、必死で勉強しようとはしながらも飲み込みが遅く、物覚えが悪く、思いこみが強く、寝不足に弱く、多々難ありながら何とかがんばっていられるのは、12.29の仲間と3.11の仲間がいるからこそです。

今日は私の議会記念日です。

このまちは元、本当にいいまちでした。それがどんどん様変わりし、自由の名の下に、ひとりひとりには悪意はないまま、本当に酷いことになりつつあります。先のことを考えてみて!日本中ではもうとっくに人口が減り始め、10年後には文京区も人口が減り始めるのに、そのときのためを考えて!

市民として外から吠えているより、議会の中で自分の住みたいまちを描いていきたい、違うまちを描いている人たちの意見も聴き、何が違うか、どうしてその違いが生じるのか、意見を伝え合う中で合意点を見つけ、狂い始めた軌道を少しでも修正していきたい、と今は考えています。

 

緊急一時保育

娘の出産後、いろいろ突発事態が重なって2歳半の上の孫を緊急一時保育していました。

正直思っていた以上に子育てを忘れていて、ちょっとピンチ。現在の私の生活が乱れているせいか、ご飯を食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつけ、という基本動作からして心許ない。

決算委員会の予習をしようとパソコンに向かうと ”みーねー!” とお呼びがかかり、無視するとパソコンが攻撃を受け、これはまずい!区の緊急一時保育を利用できないかしら、ということで少し調べてみました。

ところが色々規則があるのです。

2日前までに申込みというのは1日前でもOK、親ではなく祖母でもOK、というところまでは何とか規制緩和してもらえたのですが、面接時間も決まり、いい子にして、さあ行こう!と張り切っていたところに電話があり、保育を受ける児童本人の住民票が文京区になければダメということで、あえなくおじゃんになりました。

思えば、娘の最初の出産の時は1ヶ月間、新しい親子は我が家で暮らしたのですが、現在私はとてもエクストラ2人の面倒を見られる状態ではないので、今回は松戸で夫婦と保育ママさんの助けで何とか乗り切ってもらおうと思いましたが、なかなか思うようにはいかないのが世の常。

出産が予定日より早まり、保育ママさんが間に合わず、娘の連れ合いが体調を崩し、三重苦で孫を預かった挙げ句の顛末です。

介護保険のサービスは子世帯の住民票が文京区内だと受けられないという話が以前にありましたが(それは間違いだったという話も聞きましたが)、本人の住民票が区内でなければ一時保育を受けられないというのは当然のようにも聞こえますが、実際はかなりの障壁です。

今回の私のように、親の入院の際に祖母が保育園に預けるというような二重保育になる場合、子の住民票の方に保育者が移動しなければならないのは結構厳しい場合もあります。子育て介護は社会の仕事、区内なんて野暮なことは言わず、日本全体で保育サービスを考えてもらえないかなあ。

結局、早朝に松戸の保育園に預けに行き、それからとって返して議会へと向かいました。

こういうケースはままあり得ると思うのですが、経験のある方、対処の仕方などご教示いただけると助かります。

久しぶりにまちづくりも高さ制限も忘れ、子育ての大変さを再度味わいつつ、確かに子育て世代はその他のことに関心を持つことはかなり難しそうだと気づいた、というか思い出した次第です。

私自身もその昔、公園の遊具は大問題だったけれど、高さ制限なんてどうだってよかった。

でも何十年かして、子育てが一段落したとき、まちが住みにくく様変わりしていたら残念に思うだろうし、なんでヒマな世代がきちんとまちづくりをしてくれなかったんだろう、と思うかも知れない。

都市計画部は、地域の合意はすべての住民の合意と言えるものでなくてはならない、と厳しく言うけれど、時間的に余裕のあるヒマな世代がきちんと考えて決めれば、それをもって地域の合意としてよいのではないかしら?逆に保育政策については、その世代が中心に決めてくれてまったく構わないのだから。

というわけで予告ですが、高さ制限の勉強会を10月23日にします。後日正式にお知らせします。

オオカミが来た!は何度まで?

臨月の娘が、このところ何回か ”もうすぐ生まれそう!” と言っては ”なおって” しまって、入院しては帰って来るを繰り返していましたが、昨日も ”いよいよかな” と入院しました。

建設委員会の日だったので欠席はできず、多少気もそぞろでしたが、また狼少年かなと思っていたら、案の定委員会が終わって携帯を見ると、”やっぱ明日退院になりそう” とメールが入っていました。

いつでも車で行けるようにビールも飲まずに待機していたのに、ふん、もう信用しない!と昨晩はビールも飲んで寝てしまいました。

すると明け方、今度は娘の連れ合いから ”いよいよみたいです” とのメール。 これは信頼できそう、同僚の前田議員も新月の日は何か起こるかも、と言っていたし、すは!と松戸まで飛ばしました。

今度は本当でした。無事に元気な男児誕生。めでたしめでたし。

“オオカミが来た” と書いていて思い出したのが、文京区の ”基金を取り崩すかも” 騒ぎです。

文京区はこれまでに何度も、財政危機、税収落ち込みなどで、”来年度は財政調整基金取り崩しやむなし” と言い、実際当初予算で取り崩しをおこない、年度が終わってみると全然取り崩す必要もなく逆に積み増したことがありました。

昨年度も当初30億円ほど財政調整基金を取り崩す予定でしたが、結果は相当額の積み増しとなり、特定目的基金(介護、施設建設、教育など)と合わせると基金残高は適正規模と言われる120億円をはるかに超え、500億円を優に超えることになりました。

我が家の貯金なら小さく見積もって結果が大きくなれば嬉しいだけかも知れませんが、自治体の予算となると、貯金するよりつかって手当をしなければならないことがたくさんあります。(我が家だって貯金するより省エネのために設備投資をする方が賢いかもしれない)

実際にこのような ”財政危機の回避のため” を名目に、壽会館の廃止や保育園の民営化、図書館の指定管理移行など、大事な福祉・文化・教育の切り捨てがおこなわれてきたのです。

生まれそう、ならまだ罪はありませんが、取り崩すかも、は予算配分の公正公平を見誤らせる可能性があり、結構罪深いかもしれませんね。

10月3日から平成22年度の決算審査特別委員会が始まりますが、今後の文京区の賢い選択のためにきちんと過去の税の使い方をチェックしなければと思っています。

家計簿もつけたことがない私、資料を読み込むところから躓いていますが。。。。。

悲喜こもごも

急に涼しくなりましたね。お風邪など召していませんか?

私はこの夏から秋にかけて夫の両親を相次いでなくしました。

93才と88才までつつがなく健やかに生きたのに、最後は本当にドラマティックで悲惨な状況でした。

書き出しただけで涙が止まらなくなるのでやめますが、世の中の不条理が凝縮したようなドラマでした。

その一方、娘の第二子が生を授かろうとしています。

昨日の未明、陣痛が始まり一旦入院しましたが、おさまってしまって?今は帰っています。

我が家のラブラドールJUMPは昨日が13才の誕生日でした。

恒例のリンゴ食べ放題、若犬のころは3個は軽かったのが、今年は1個でギブアップ。

子犬の頃から一緒に組んずほぐれつ遊んだ、お散歩わんわんクラブの仲間たちは、8月に最後の仲間ルークが亡くなり、とうとうJUNPを残してみんないなくなりました。

みんなお骨になり、JUMPを待ってみんなで源覚寺こんにゃくえんまさまの動物墓地に入ろうと決めていましたが、催促されると困るので、5頭先に入って遊んで待っていてもらうことにしました。

嗚呼、ああ、生きとし生けるもの、寄る年波には勝てないのですね。

思えば2011年、思わぬ成り行きで議員になったのを皮切りに、本当に色々なことがありました。

悲喜こもごもですが、生きるという営みは重く、愛おしく、心に響きます。

 

それに比べ、昨日の議会でのうんざりするような器の小さいあざといやりとり。

市民の広場が他の会派の議員さんたちと一緒に出した議員提出案件、区議会議員の費用弁償を廃止しようという条例案が、自民、公明、区民(もと民主)、みんなの党、国民新党、の反対で否決されたのです。

費用弁償というのは、議員報酬以外に議会や委員会に出席したときにもらう日当や交通費のようないわゆる経費です。

しかし、議員は議会や委員会に出るのが本業で、何も出なくても報酬をもらう(このこともおかしい!)のに、さらに日雇いのように日当をもらうなんて信じがたいです。

私も恥ずかしながら選挙活動の中で、「費用弁償は廃止します!」という先輩の街頭演説を聞いて初めて知ったのですが、議員報酬をやめて費用弁償だけにするならともかく、二重取りはやめて当然です。

交通費だって政務調査費の中でパスモやスイカを買えるのだから、それで十分、なはずです。

それなのに、議会改革の中で一体で論じるべし、とか議員定数削減とセットで論じるべしなどなど、なんやかやと理由をつけて廃止に反対する議員たち。

議会改革の進行はとまり、ずっと論じ続けていると言いながら次の会議の日程もずっと検討中(議会運営委員長の弁)、それでいて議会改革と一緒じゃなきゃいや、ってまるでだだっ子のようです。

聞いていて説得力ゼロ。費用弁償を廃止することの是非を論じるべきなのに、屁理屈ばかりで、即刻廃止しない方がよい理由がひとつもないのです。

生活保護世帯が過去最多といわれ、税収の落ち込みが激しいこの時代に、経費節減をやれることからやろうというのになぜ反対するのでしょう。

こんな議会に税金をつかうことがいいのかどうかまで自信がなくなりました。

議会っていったいなに?議会の存在意義さえあやしく思えます。

 

 

 

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