建築審査会で執行停止決定!

嬉しいことがありました! 12年にわたり裁判や審査請求で争ってきた小石川2丁目堀坂・六角坂のマンション。建築確認取消しを求める審査請求で、東京都建築審査会は建築確認の執行停止を決定しました。

完成間近のマンション工事は停止し、裁定を待つことになります。裁定前に出来上がってしまい、訴えの利益がなくなり、請求が却下されることだけはとりあえずなくなりました。
文京区では今、確認処分執行停止(工事ができなくなる)や特定行政庁(区長)による工事停止命令がふえています。 今回の請求代理人の方々や早稲田大学法学部の学生さんたちと現地を見てきました。

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写真

➀区役所25階からの眺め。中央が計画のマンション。

②ル・サンク小石川後楽園。急坂の上からの眺め。住戸は完売ですが、工事日程表は白紙に。
③現場の看板。確認済証を交付した処分庁、都市居住評価センターはディベロッパー数社が作った会社で、前々文京区都市計画部長が再就職しています。前々部長は9月7日の建築審査会にも処分庁側で参加していました。
④隣のマンション最上階(6階)からの写真。東南側に3階分も高いマンションが接近し、日影が大変そう。
⑤駐車場棟は屋上に上る階段がありません。奥の住居の桜の木は枝がマンション敷地に伸長しているとして伐採されてしまいました。
⑥北西側の六角坂のクランクは車道が狭く(2m弱)、そのため春日通から工事現場までは一方通行が解除され、大型工事車が逆走していて事故もおきています。今回の執行停止を受けて、一方通行解除の許可は警察に取り消してもらいましょう。
今回の執行停止は、東京都建築審査会ではおそらく初めての執行停止事例です。 新宿区の乙女山(落合たぬきの森)や小石川3丁目のいわゆる旗竿敷地の重層長屋で過去に執行停止がありましたが、マンション紛争で建設工事が止まることは滅多にありません。
原告不適格や訴えの利益なしとして門前払いされることの多い建築紛争の原告=周辺住民です。 しかし、今回の決定書には申立人が原告適格を有していることがはっきりと明記され、また、裁決前に建築が完了してしまうことにより訴えの利益が失われ、申立人の法律上の利益の侵害等を除去することが極めて困難になる可能性を認めています。
訴えの利益を守るという立場に立ってくれていることは非常に重要で、今後の建築審査請求に希望をあたえるものです。決定書の内容は下記サイトにあります。
koishikawa2.mansion.michikusa.jp/documents/%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E5%81%9C%E6%AD%A2%E6%B1%BA%E5%AE%9A.pdf
審査請求を実際に経験された方が増えていると思います。行政不服審査法改正に関して、訴訟や審査請求がどう変わるか、日弁連で11月6日にシンポジウムを企画しています。ぜひご参加ください。unnamed

災害時危険回避は数値だけでは割り切れない

9月9日、文京区で初めて大雨・洪水警報による土砂災害避難準備情報が発令され、避難所が開設されました。幸い総雨量は130㎜程度でとどまり、避難勧告や避難指示には至らず、被害もありませんでしたが、そのとき対象地域となったのは以下の地域でした。


対象地域   対象人家等(戸数)
大塚5-40        2
大塚5-20      25
目白台1-18        2
目白台1-20                       8
関口2-10                           4
春日2-8                             1
白山2-3                           27
白山5-7                            14
西片2-7                            20
千駄木1-11                       51
弥生2-20                         29
弥生2-11                             9
合計                                192

開設避難所一覧
指ヶ谷小学校 白山2-28-4    03-3811-6005
青柳小学校        大塚5-40-18  03-3947-2471
第六中学校         向丘1-2-15     03-3814-6666
茗台中学校         春日2-9-5   03-3811-2969
音羽中学校         大塚1-9-24    03-3947-2771


これを見て何かお感じになりませんか?
急傾斜地危険個所が対象となっていますが、5m以上の崖が対象なのです。
区の説明では建築基準法上5m以下の崖は建築確認申請で確認義務がないからということでした。
東京都建築安全条例では2m以上の擁壁・崖を規制対象としていますが、実際に大雨で危ぶまれている崖は5m以下、2m以下のところも多いのです。
崖や擁壁は上も下も危険なのに、今回の対象地域には崖下で含まれていない箇所もあります。
崖や擁壁の境界線から何センチ以上離れていれば規制対象にならないという数値基準もあります。

法は最低基準を数値で表すことになっていますが、実際の危険は、擁壁の斜度や古さや地盤、上に建つ建築物や地盤変更など様々な要素が複合的にからんできて、数値で切り分けられないものがあります。

実際、約50年前には小石川3丁目で2mという低い崖が崩れ、下の家がつぶされ、区立小学校の児童が犠牲になる痛ましい事件もありました。
土石流は人災だ!というのは私の高校時代の担任、人文地理の岩渕孝先生の口癖でしたが、痛ましい天災も人災なのです。
想像力を駆使し、周到に防止策をとる必要があります。

小日向では盛り土をした人工地盤に擁壁をつくり、500㎡以下で開発許可をすり抜けたマンション建築を計画していて、議会に請願が出ています。
西片では、擁壁の高さが2m以下ということで安全条例の規制がかからず、下の住民が危険を訴えて建築審査会に審査請求をしている共同住宅兼重層長屋の複合建築計画があります。こちらはさらに500㎡以下しかマンションが建たない敷地に490㎡の重層長屋をつけているため、実質、規制の倍近い規模になるトリッキーさで、しかも地下を擁壁の2m以上に深く掘る計画なので、周囲の不安を余計煽るのです。

どちらも良好な低層住宅地域で、普通に開発許可をとったり、500㎡以下に抑えたりのマンションなら周囲も納得するのですが、建てたい側は最低限の数値を守るだけで目いっぱい建てるという嘆かわしい状況です。

文京区の高低差が大きい土地柄を勘案し、審査会委員の皆さんが建築物の地盤に対する影響を数値基準を超えてよく吟味し、審査会を通った合法の建物が周囲に人災を及ぼすということのないよう、くれぐれもお願いしたいと思います。

鹿児島市で一昨日、建築現場の崖崩れが起きました。幅も高さも50mという大規模なものではありますが、人災引きも切らずです。
news.ktstv.net/e59771.html

議員はパブリックコメントを出してはいけない!

意見提出制度から、パブリックコメントとして行政手続法で法制化されたのが2005年、私は2000年頃から、気がついたときはパブリックコメントをできるだけ提出するようにしてきました。それは、行政に対して何か言いたいことがあるのなら、行政が意見を求めているときにまず言うのが礼儀だと思っていたからです。
市民活動をするようになってからは、行政情報に敏感になり、単なる感想ではなく、政策提案のような意見も出すようになり、採用されたことはありませんが、諦めずに続けています。それは議員になってからも同じです。そして今までは何も言われたことはなく、普通に個人情報を抜いて公表されていました。

ところが昨日、議長から話があり、議員はパブリックコメントを出さないように、と言われました。

「議員は行政に直接意見や質問をする機会があり、一日に何度も行政はそれに答えてくれている。一般区民にはしない特別サービスを議員にはしてくれているのであり、情報量も多いのだから、パブリックコメントまで出すのは好ましくない。34人の議員がみんなでパブコメを出したら大変なことになる。2005年の衆議院総務委員会でのパブリックコメントの法制化(行政手続法改正)に関する我が党の麻生大臣の答弁によると、行政と議員以外の第三者の意見を聞くのがパブリックコメントの趣旨だから、明文化はされていないが、文京区もその趣旨を踏襲する。文京区は歴史的に議員全員の合意でパブリックコメントのルールを決めてきたので、このルールで行きたいので、従うようお願いする。理解できなければ理解せずにただ従ってほしい。明文化はしない。今回のマイナンバー条例に関するあなたの意見は削除してホームページでの公表から除外するということでいいですね。」

このような話でした。
私は、パブコメの趣旨は第三者に限らず職業や身分を問わず、広く意見を聴取し良い意見は施策に反映することだと考えるので、議員も制約を受けるべきではないと考えます。また情報を多く持つ議員が意見を提出することで何も支障はないと考えています。

納得がいかないので少し調べたところ、
総務省は行政手続法に則りパブコメを行っているが、住所氏名の記入を任意にしているので、議員や行政が出しているかどうか調査はしていないが、出してはいけないという制約は設けていない。

東京都は条例がなく、要綱で行っているが、同様に制約は設けず調査もしていない。

文京区はやはり条例がなく要綱で対応しているが、メールで提出するものについては住所氏名の記入を義務付けている。

住所氏名がなければ、ルールがどうあろうと制約はないも同然です。公表しても誰だかわかりません。それも一つの方法か。
しかし、企画政策部が集めたパブコメの内容を公表前に議長に見せるというのは、いかがなものでしょうか。

ちなみに現在募集中のパブコメ2件。総務省のものと文京区のものですが、比較しながらどうぞ提出してください。
西片町会防犯対策推進地区指定期間更新について(文京区)
www.city.bunkyo.lg.jp/bosai/bosai/anzenanshin/suishintiku/nishikatachokaichikuikenboshu.html

障がい者差別解消法に基づく対応要領案について(総務省)
search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=145208604&Mode=0

終戦の日に寄せて

70年前、1945年8月15日、日本だけでなく周辺諸国をもずたずたにして第二次大戦が終わりました。

終戦でなく、敗戦と言うべきという声もありますが、敗れたから悲惨なわけではなく、勝っても悲惨な戦争は、永久に終わりにしたいという願いを込めて、私は終戦と呼びたいと思っています。

朝から戦後70年に関連する特集番組をたくさん見るうちに、昨日の空疎な首相談話の罪の深さがひしひしと感じられてきました。

国会質疑もきちんとこなせず、何度も空転する中で、こんな談話を周到に準備していたかと思うと腹立たしくなります。

◆過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が

再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた

人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の

発展を祈ります。(戦没者追悼式での天皇のお言葉)

◆私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の

事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からの

お詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべて

の犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。(村山談話)

 

上記のふたつと比べると、自らの反省や謝罪の気持ちが全くないことは明らかで、それなのに何とか謝罪したように見せかけるために細工を凝らした安倍談話でした。

「哀悼の誠」という言葉が安倍さんの周囲で一つ覚えのように横行していますが、誠意のない「誠」という響きに虫酸が走ります。

「子孫に謝罪を続ける宿命を負わせない」ために、私たちがどういうことをしなければならないか。

「歴代内閣の立場を継承する」というのはどういう意味か。これらは積極的平和主義とどう関係するのか。

 

◆私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。

だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないもの

として堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を

高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。(安倍談話の結び)

 

積極的平和主義で謝罪を求める国をねじ伏せるというなら辻褄は合うかもしれませんが、歴代内閣の非戦平和主義とは相反するのに何を継承するというのか。

国会答弁と同様、聞けば聞くほど理解できない無駄な修辞で糊塗した美文は、安倍内閣の分裂気味の思考を象徴するようです。

スペシャル番組をつくる制作局と政府に寄りそう報道局とが分裂しているNHKと通じるものがあります。

誘拐され、子どもでも使える武器を持たされ戦争に駆り出されるアフリカの少年、兵士と結婚させられる少女、その武器を輸出する国連理事国。 70年前ではなく今の話です。

アメリカと手を携え積極的に平和のために闘うというのか。
言葉が頭の中でうずまきます。出すべきではなかった談話だと確信します。

安保、国立、国立、柳町・・

タイトルわかりますか?今、私たちの周りで怒涛のように渦巻いている政治的課題です。共通点は理不尽、ご都合主義、問題への対応のお粗末さです。なぜきちんと課題に向き合い、理性的に解決を図らないのか。

 

安保は当然、昨日衆院平和安全法制特別委員会で強行採決され、自民・公明だけで可決され、今日午後の本会議でも強行採決する予定の安全保障関連法案のこと。総理大臣の答弁が右往左往し、専守防衛を取下げる本旨の法案なのに専守防衛死守と強弁する。聴けば聞くほど国民は混乱し、支持率はうなぎのぼりの逆、滝くだり。合憲性の判断は憲法学者ではなく最高裁判所だなどというのも詭弁です。憲法学を修め極めた人たちが違憲立法審査権を持つ最高裁の判事になるのですから、憲法学者の9割が違憲と言うことを最高裁が合憲と言ったらその方が問題です。

 

最初の国立は国立市の元市長上原公子さん個人に対する損害賠償請求訴訟のこと。今日の午後2時から東京高裁で第3回の控訴審が開かれます。求償権放棄の市議会決議を無視しておいて、議会構成が変わった途端、求償権行使を求める決議をし直す。あまりにもご都合主義ではないでしょうか。市民の支持を得て当選し、あらゆる手法を駆使して市民自治を実現した元市長が、政権の交代によって個人的賠償責任を負うなどという理不尽はあってはならないこと。ぜひ傍聴してください。

 

次の国立は国立競技場建設計画のこと。1300億の予算で国際コンクールで決めたザハ・ハディトさんの設計の実現が困難になり、3000億、1600億、2500億と二転三転して決まったと思った矢先、またもや見直しということ。先ほどお昼のNHKニュースに安藤忠雄さんが登場し、ザハの設計は難しいが日本ならできると思った。ザハ案を外すわけにはいかないが費用を削減する検討をするというようなコメントを出していました。都の予算を都民の理解を得ずに使うわけにいかないと毅然と国に立ち向かった舛添都知事ですが、14日付の都政新報に知事のトーンダウン、態度の軟化は毎度のことというような記事がありました。政治家としての資質は上原公子さんに劣ると言わざる得ません。

 

柳町は文京区立柳町小学校増築計画のことです。3度にわたり地域住民やPTAから見直しを求める請願が出され、6月議会で3度目の正直で本会議採択されたのですが、やなぎの森に触れず校庭面積だけに絞った請願だったこともあり、不本意な見直しで片付けられそう。PTAと地域が一体となってこれまで守ってきたやなぎの森で、見直し運動も協力してやってきたのに、説明会は分断され、これまでの議論がうやむやにされる可能性が出てきました。14日付の都政新報は「都政の東西」で校庭の定義について論じています。校庭とは区教委の言うように運動場のことというのはあまりにもご都合主義ではないでしょうか。法的定義の問題もさることながら、毎日生活する子どもたちの感覚で言えば、樹木も植え込みも池も全部含めて庭なのではないでしょうか。誠之小学校の校庭には3本の大きな樹木がありますが(以前は4本でした)、それを除いた部分が校庭だなんて誰ひとり思っていません。

政治家は選挙で選ばれたら何をしてもいいわけではなく、日々国民、市民、区民の声を聞き、彼らの幸福のために日々道を選び続けて行かなくてはならないのです。ましてや次の選挙では危ないから今のうちにやりたいことを全部やるなどというのは、民主主義の風上にも置けない、不謹慎極まりなく、驕りとしか言えません。くだらないメンツを捨て、改めることは改め、民意をできるだけ反映する施策を練ってこそ選挙の意味があります。

 

 

 

 

議会を変えよう!

6月30日で定例議会が終わりました。最終日の本会議で、文京区議会は安保法案の廃案を国に求める請願、小・中学校全学年に35人学級の実現を都と国に要請する請願、が本会議で採択されました。

www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20150701/CK2015070102000121.html

安保法案反対の請願は他の市区でも出されていますが、採択されたのは文京区だけのようです。35人学級の方はすでに要望書が議長と事務局でつくられ提出されましたが、安保法案の方は、まだ調整中とのこと。区長与党だった会派が与党を返上し、「ぶんきょう未来」となったことによりこれまだ通らなかった請願が通るようにはなりましたが、それで何かが変わるか。本当に変わればいいな。変えたいですね。
柳町小増築計画に対し、校庭面積の確保など計画の見直しを求める請願4本も採択されました。過去2回の本会議のような起立採決はおこなわれず、それ以前のように付託委員会(文教)での採択に異議ありませんか、だけでごくあっさりと採択されました。
今回の請願は校庭面積だけに焦点を当て、やなぎの森の保全には触れていないので、採択を受けて区がどのように請願内容を区政に反映させるか注目されます。18日に保護者のみ対象の説明会を開きますが、地域住民は対象外、議員もご遠慮くださいとのこと。

請願を受け真摯に検討した結果が分断作戦かとがっかりします。文教委員会では全面改築への変更を求める意見も出ていて、本当はそれが最善の方法だと思いますが、やなぎの森に触れなかったのを逆手にとり、緑化計画で1.5倍に換算する接道緑化の樹木一列を残すことで緑化基準をクリアし、校庭面積を気持ち増やして、はい見直しましたというのなら文京区は「文の京」を返上すべきでしょう。数値基準確保、ましてやオフセットの概念を子どもの教育に持ち込むべきではないと思います。

そもそも都市計画の不在のために、わずか8年前、将来ビジョンに3校統合計画案まであったこの地区で、「改築は古い順」など通用しません。教室が足りなくなり大規模増築が必要になったこと自体恥ずかしいことで、賢明な区民による反対運動がなく、あのとき礫川・指が谷・柳町がもし統合されていたら、10年と持たず、増築でも足りず、全面建替やむを得なかっただろうことを考えると、担当者は背筋が寒くなっているはず。「改築は古い順」に拘われるほど文京区は秩序ある施設計画を持っていません。

本会議を傍聴した区民の方に伺ったところ、「請願は、採択・不採択とかずらずらと早口で言われても全然わからない。第2項採択なら第1項はどうなったのか。委員会では保留と言ったのに、本会議では不採択になっていた。」全くもってわけが分からないと思います。もっとわかりやすい示し方を提案していきたいと思います。

もっとわからないのは、選挙管理委員補充員の選挙というもの。従来、議員OBの退職後の行先のように思われ(自分が元いた特定政党の議員候補者の選挙応援をしたりして区民から通報された人もいます)、何とか改革したいと思っていましたが、今回最大会派のぶんきょう未来が市井の方を推したことで議員OBは減りました。しかし、私たちが推した女性候補は落選し、なぜ議員の補欠のように次点という扱いにしないのかと疑問が出ました。会派の大きい順に推薦した人に決まった4人の選挙管理委員。誰かが事情で辞任したら、また会派の大きい順に補充されていく。永遠に弱小会派の推す女性候補などは選挙管理委員にはなりません。時間の無駄の上、公平性に欠ける補充員選挙はやめて、という声がありました。

 

もうひとつ、大田区議の奈須りえさんからとても重要な指摘がありました。お子さん連れで文京区議会を傍聴に来られた方の話です。

「大田区議会を傍聴したときは、ガラス張りの子連れで傍聴できる部屋があったので、子どもが小さかったけれど気軽な感じで行けたのですが、文京区議会は様子が違っていて、子どもが声を出すし、退席しにくいしで戸惑われたそうです。 今度、大田区議会に傍聴にいらして、子連れ傍聴席みてくださいね。 傍聴席ではなくても、別の部屋に音声を流してそこで聴くとか、できると良いですね。」

次の議会のとき、ぜひ傍聴に行きます!託児を求めていましたが、託児よりガラスで仕切り、防音し、音声を中に流す「子連れ傍聴席」いいかも。

その他、委員会のことについては別途改めて報告します。

 

さて、今日は七夕。織姫と彦星は今年も会えないかな?

千石の生活者ネット事務所に今夜、ようやく看板がつきます。大家さんのお庭にある立派な笹に願い事をたくさん吊るして、看板を見ながら、よろしければワインでもいかがですか?お待ちしております。

地方議員のできること

先週末から3つの興味深い講演を聞きました。文京アカデミア講座「日本の森林と林業」、まちづくり連続講座「私たちはどのように21世紀のまちをつくっていくべきか」第3回「魅力的な都市とその制度的保障」、そして、「女性議員の『活躍』とは~2015統一地方選挙を振り返って」

偶然ですが、それぞれ妙に連関して、深く考えさせられました。

まず林業の成長産業化の可能性。共同化や団地法人化でリ・エスタブリッシュし、市場経済との使い分けによって基盤産業のない都市より、資源が豊富な地方が復権することができるのか。

次にまちづくり法制度。ローマ時代からのヨーロッパに習い、既成の市街地をそのまま都市法のルールとする、市街化を既成市街地を取り戻すというカテゴリーでくくる。そして建築基準法の改正、建築確認から許可にするとともに、事前明示基準絶対の仕組みから手続き規定重視にすることで土地利用の制御、都市空間制御をしていく。

最後に女性議員。女性の分断を引き起こしてきた男女雇用機会均等法の両面性。多様化と少子化の矛盾。都市化に取り残された地方の高齢者の問題。政府は女性の活躍と言うが、考えているのは女性の「活用」でしょう。上から目線の語り口「負担増とサービス減のリスクの公平負担」などを超えて、一億などと言わず、人口7000万の日本で、経済成長を捨て自分の人生を自分で選べる社会をローカルから創り上げて行けるか。

議員に限らず、地方自治体の住民全体の問題ですが、議員は常に議案に賛成するか反対するか、公共的妥当性を判断していかなければならず、そして自身の判断を住民に説明していかなくてはならない責任があります。

今、特に難しい判断を迫られていると感じます。人口減少社会、少子化対策をしなければならないのか。しないで縮小社会を前提に福祉重視の対策をするべきなのか。いずれにしても基盤産業の衰退した都市部は域内の派生産業だけで回るのか。そもそも地方創生って都市集中の流れと相反するのではないのか。交付金をぶら下げられながら作成する人口ビジョンで、きちんと戦略的に人口を呼び込む総合プランができるのか。今までマンションをつくり放題してきた中で人口流入し放題、域外からお金を取ってくるという点では基盤産業、移出産業と言えなくもない。が、全体の人口の減少を認めるとしたら、幻の産業となり、夢から覚めたら荒野、廃墟が残るだけかも。。。

さまざま思いを巡らし、疲れ切って月曜日を迎えた今週です。

明日の会期末。議案の議決と請願の審査があります。6月30日 午後2時~本会議場です。

各委員会で採択された請願は本会議でも採択されるか。会派の構成が変わった今議会、「安全保障関連法案の廃案を国に求める請願」が総務区民委員会で採択されたので、希望が持てます。採択のキャスティングヴォートを握ったぶんきょう未来は、安保法案廃案に賛成しながら、議会内討論に準ずる機能を持つ関連質問を封じる采配をし、また地域などというものはない、と豪語する建設委員長を擁する不思議な会派ですから、まだ予断は許せませんが、私たち地方議員は地域から国政に関してできることをするのも仕事。基礎自治体の主権者、住民の声を議会を通して国に挙げていきます。

意見書案14本全滅!

定例議会に際し、毎回各会派から意見書案が出されます。地方自治法第99条にもとづき、自治体議会から政府や関係行政庁に対し意見書を提出できるのですが、今議会に出されていた公明、未来各2本、市民の広場、共産各5本、計14本の意見書案は、すべて意見書等調整小委員会で却下されました。

この小委員会は、議会運営委員会に付属する非公開の委員会で、議事録も出ません。各会派からの議会運営委員1人ずつ5人で構成されています。意見書案や決議文案などについて討議し、全会派合意のもと文言調整などをおこない、関係省庁に提出するのです。これまで毎議会なんらかの意見書が成立し提出されてきており、2月議会では、ウィルス性肝炎患者に対する医療費助成拡充など2本、11月議会では、NPO法人税制維持など4本が合意され、提出されました。

しかし、今回は14本も力作が出されたにも拘わらず、1本も合意ができず、全滅となりました。調整如何では合意ができたものもあったと思い残念です。たとえば市民の広場からは、労働者派遣法・基準法改正案撤回を求める意見書案を出していましたが、共産党からも同法案の廃案を求める案が出てて、どちらも2会派から反対があり不成立。まあ2会派がどこかは想像がつき諦めもつきますが、市民の広場が出した「原発に依存せず自然エネルギー推進のエネルギーミックスを求める意見書案」は、1会派の反対で成立しなかったそうで、大変残念です。

➀原発依存度を極力減らし、自然エネルギー比率を極力高めること、➁パブコメの意見を最大限尊重、反映すること、の2点を要望したのですが、長期エネルギー需給見通しのエネルギーミックスでは、原発を極力減らすのではなく、ゼロにすることを求めるから賛同できないという意見でした。正直のところ、全会派合意の意見書では原発ゼロは政府与党系会派の反対に阻まれるので、徐々に極力減らすというのが限度かと思い、あえてゼロを入れなかったのですが、想定しなかった側から反対されてしまいました。

ちなみに7月1日まで、資源エネルギー庁で長期エネルギー需給見通しに関するパブリックコメントをおこなっています。ぜひ提出してください。前回パブコメは全く無視された形だったので、パブコメを最大限尊重してほしいものです。末尾に却下された意見書案を載せますのでパブコメ提出の際の参考になさってください。

search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=620215004&Mode=0

 

原発に依存せず自然エネルギーを推進するエネルギーミックスを求める意見書(案)

東電の福島原発事故から4年2カ月、汚染水は増え続け、核燃料の所在は不明、放射能に汚染された様々な形の廃棄物は処分できず、収束のめども立たない一方で、原発稼働ゼロの状態は20か月以上続いています。そんな中で現在、資源エネルギー庁では7月1日期限で「長期エネルギー需給見通し」(エネルギーミックス)の策定に向けたパブリックコメントを募集しています。

欧米を見ると、福島の事故後、脱原発を決めたドイツのみならず、原発維持のイギリスも2020年に自然エネルギーの比率を30%にする目標を立て、欧州全体は2030年に45%、米国最大の州カリフォルニアは2030年に50%を目指しています。日本も、事故の責任を重く受け止めると同時に、将来に向けて安全かつ安定したエネルギー基盤を確立するために、政府が国際紛争を懸念する今こそ、自然エネルギーを推進すべきです。

自然エネルギーは、二酸化炭素排出をせず温暖化対策に貢献し、燃料資源をめぐる争いとも無縁な平和エネルギーですが、日本では電力会社の送電線への接続が困難なため、自由化が遅れ、役所の煩雑な手続きもあり、まだ海外と比べ割高です。しかし、太陽光発電のコストは4年間で6割下がっており、先行する国や地域では、自然エネルギー電力は火力や原子力発電より安くなってきています。日本も手続きの見直しを図り、加えて今は8兆円もかかっている海外からの輸入燃料費を減らし、その分で自然資源を開発・活用し、地元企業や住民が資金募集や拠出に参加できる仕組みをつくれば、地域を豊かにする安価な分散型自然エネルギーの実現は可能です。

よって、文京区議会は政府に対し、下記の事項を強く要望し、地方自治法99条の規定により意見書を提出いたします。

  1. 電力自由化の方向性を確認し、原発への依存を極力減らし、地域活性化、地方創生のためにも地域主体の分散型自然エネルギーの比率を拡大すること。
  2. パブリックコメントで寄せられた国民の意見を最大限尊重し、反映させたエネルギーミックスとすること。

年   月   日

文京区議会議長名

内閣総理大臣

経済産業大臣      宛て

資源エネルギー庁長官

子に学ばせたい教科書探し

2016年度から4年間公立中学校で使われる教科書の選定が8月までに各教育委員会でおこなわれます。

昨年、教科書検定基準と学習指導要領の解説書が、政府の統一見解にもとづく記述や領土教育の強化を求める方向に改定されて、初めての小・中・高・特別支援学校用の教科書検定結果が今年4月に公表され、現在18日まで湯島の教育センターで(中学校教科書は小石川図書館でも)特別展示をしています。19日から7月4日までは法定展示となります。

www.city.bunkyo.lg.jp/kyoiku/kyoiku/gakko/kyokasho/tenjikai.html

今回の検定では、すべての社会科合格教科書で竹島・尖閣問題をとりあげていますが、憲法や基本的人権、歴史については各会社で特徴が出ており、現場の教師たちが全ページに渡って執筆した「学び舎」版は「慰安婦」の文言を復活させているそうです。

文京区はこれまで帝国書院版を使っていましたが、来年度からはどうなるのか。

www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/20150613/CK2015061302000178.html

昨日の東京新聞の記事ですが、見て、読んで、声を上げることで教育委員会にも影響を与えられるとの意見があります。ぜひ見に行って、「これは使わせたくない」などがあれば声を上げてください。

ところで、都立中高一貫校の教科書は、中も高も東京都教育委員会が一括採択しますが、「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版を使ってきました。

都立小石川中等教育学校のOBや保護者などで2005年から活動している「教科書問題を考える小石川有志の会」では、「教科書の採択にあたっては、当該校の意向を尊重すること」などを求める都教委宛ての署名をおこなっています。ぜひご協力ください。

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ねこに未来はない

我が家のトイレにはトイレライブラリーがあり、8年前、飼い猫の「いつか」が死んで間もなくから、一冊の本が置いてあります。
長田弘さんという童話?作家(詩人でもある)の書いた「ねこに未来はない」という薄っぺらい不思議な本です。
猫が死んでしばらくして、古本屋さんで見つけた1975年刊の角川文庫。ページはほとんど茶色に変色し、最後の「なだいなだ」さんによる解説(ぜんぜん解説になっていない)のページには子どもの落書きまであるけれど、素晴らしい本なのです。

長田さんが大好きな奥さんと結婚して嫌いだった猫を飼うようになり、何匹もの猫とあっけなかったり悲惨だったりの別れを重ねる話です。
「日曜のあさ、まだ重たい町のまぶたがかすかにふるえながらおしあげられようとし、うつぶせでねむっていた家々の影を、太陽の暖かい指さきが、ひんやりした夜の感触をのこしている平たい通りのうえからようやく揺すりおこそうとしている、そんな時間」に、近所の猫好きおばさんがタマラ・プレスのような自信に満ちた足取りで、洗面器に入れて持ってきた美しい猫が、けんかの末死んでしまい、「実現した不安を寂しく確認」していたとき、ふと気づくのです。猫には前頭葉がないから未来を知覚したり描いたりする能力がなく、想像力もないから、突然の死で豊かな未来を失うこともないと。

確かに猫は犬に比べてすばしこいのに、交通事故で死ぬのは圧倒的に猫なんです。犬には前頭葉が少しはあるのでしょう。3年前に死んだ飼い犬の「ジャンプ」は、幼いころ三四郎池に落ちた経験から、滑稽なくらい臆病で、ラブラドールにあるまじき水嫌いお風呂嫌いでした。

余談はさておき、そんな前頭葉のない本能だけの猫たちを殺処分から守り、地域の猫嫌いな人たちの環境を少しでも向上させようと、飼い主のいない猫を増やさないための活動、つまり捕獲し手術し地域で適正に飼う、TNR活動を推進している団体があります。
千代田区の「ちよだニャンとなる会」は有名ですが、文京区にもいくつかあり、里親探しや仲介の手助けなどもしています。
そのひとつ「ぶんねこの会」では2014年度中に33匹の里親募集をおこない、27匹の養子先が決まったそうです。

私も委員会質問で、マッチングをする譲渡会の区による支援や、環境省や東京都のおこなう啓発事業の広報推進を述べたことがありますが、区民の皆さんから要望の強い、猫が近寄らない安全な忌避剤の配布や紹介、飼い主が亡くなったときの一時的保護や里親紹介のしくみなども、今後は調べて提案していきたいと思います。

「ねこに未来はない」の長田弘さんが5月3日に75才で亡くなりました。長田さんが死の直前に書き下ろした渾身の「全詩集」巻末の「場所と記憶」の言葉から。
<パトリオティズムというじぶんにとっての詩の変わらぬ主題……。パトリオティズムとは「日常愛」のことだ。「愛国心」とする日本語は当たらない。……パトリオティズムは宏量(こうりょう)だが、ナショナリズムは狭量だ。>

日常の生活様式を愛し、その中で奥さんや猫を愛し、ドスの利いた声で理不尽を一喝する、沖縄の宝刀治金丸のように鋭くおっかない、そして下等動物のように切られても切られても不死身のはずだった長田さんは、数々の珠玉の言葉を残して舞台を降りられました。ご冥福を心よりお祈りいたします。

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