ねこに未来はない

我が家のトイレにはトイレライブラリーがあり、8年前、飼い猫の「いつか」が死んで間もなくから、一冊の本が置いてあります。
長田弘さんという童話?作家(詩人でもある)の書いた「ねこに未来はない」という薄っぺらい不思議な本です。
猫が死んでしばらくして、古本屋さんで見つけた1975年刊の角川文庫。ページはほとんど茶色に変色し、最後の「なだいなだ」さんによる解説(ぜんぜん解説になっていない)のページには子どもの落書きまであるけれど、素晴らしい本なのです。

長田さんが大好きな奥さんと結婚して嫌いだった猫を飼うようになり、何匹もの猫とあっけなかったり悲惨だったりの別れを重ねる話です。
「日曜のあさ、まだ重たい町のまぶたがかすかにふるえながらおしあげられようとし、うつぶせでねむっていた家々の影を、太陽の暖かい指さきが、ひんやりした夜の感触をのこしている平たい通りのうえからようやく揺すりおこそうとしている、そんな時間」に、近所の猫好きおばさんがタマラ・プレスのような自信に満ちた足取りで、洗面器に入れて持ってきた美しい猫が、けんかの末死んでしまい、「実現した不安を寂しく確認」していたとき、ふと気づくのです。猫には前頭葉がないから未来を知覚したり描いたりする能力がなく、想像力もないから、突然の死で豊かな未来を失うこともないと。

確かに猫は犬に比べてすばしこいのに、交通事故で死ぬのは圧倒的に猫なんです。犬には前頭葉が少しはあるのでしょう。3年前に死んだ飼い犬の「ジャンプ」は、幼いころ三四郎池に落ちた経験から、滑稽なくらい臆病で、ラブラドールにあるまじき水嫌いお風呂嫌いでした。

余談はさておき、そんな前頭葉のない本能だけの猫たちを殺処分から守り、地域の猫嫌いな人たちの環境を少しでも向上させようと、飼い主のいない猫を増やさないための活動、つまり捕獲し手術し地域で適正に飼う、TNR活動を推進している団体があります。
千代田区の「ちよだニャンとなる会」は有名ですが、文京区にもいくつかあり、里親探しや仲介の手助けなどもしています。
そのひとつ「ぶんねこの会」では2014年度中に33匹の里親募集をおこない、27匹の養子先が決まったそうです。

私も委員会質問で、マッチングをする譲渡会の区による支援や、環境省や東京都のおこなう啓発事業の広報推進を述べたことがありますが、区民の皆さんから要望の強い、猫が近寄らない安全な忌避剤の配布や紹介、飼い主が亡くなったときの一時的保護や里親紹介のしくみなども、今後は調べて提案していきたいと思います。

「ねこに未来はない」の長田弘さんが5月3日に75才で亡くなりました。長田さんが死の直前に書き下ろした渾身の「全詩集」巻末の「場所と記憶」の言葉から。
<パトリオティズムというじぶんにとっての詩の変わらぬ主題……。パトリオティズムとは「日常愛」のことだ。「愛国心」とする日本語は当たらない。……パトリオティズムは宏量(こうりょう)だが、ナショナリズムは狭量だ。>

日常の生活様式を愛し、その中で奥さんや猫を愛し、ドスの利いた声で理不尽を一喝する、沖縄の宝刀治金丸のように鋭くおっかない、そして下等動物のように切られても切られても不死身のはずだった長田さんは、数々の珠玉の言葉を残して舞台を降りられました。ご冥福を心よりお祈りいたします。

上原公子元国立市長の裁判の意味

市民の生活を守る役目の行政がちっとも市民の味方をしてくれない。 首長以下、職員は企業の味方、市民が陳情に行っても会ってもくれず、けんもほろろ、話も聞いてくれない。

これが今の自治体の、特に再開発やマンション建設、建て替えなど、建築紛争に関する自治体行政の対応です。少なくとも、こう感じている方が多いと思います。

2000年前後の国立市と国立市長の上原公子さんは、この逆でした。
もともと市議から市長に立候補した上原さんの選挙公約には、国立の景観を守ることが掲げられ、当選後は紛糾するマンション問題で、なんとか市民の要望がかなえられるよう頑張りました。
市民も短期間に7万筆あまりの署名を集めるなど頑張りました。
市民の力を結集して市長を選び、市民の声が市長を後押しし、市長はそれに応え、あらゆる施策を凝らして市民の生活と環境と景観を守ったのです。

市民自治、市民政治の鏡とも言える国立景観問題だったのですが、ところが明和地所は市長を訴え、裁判所は市長のやり方が不適切だったとして、 国立市に約3000万円の損害賠償金支払を命じます。さらに、国立市が賠償金を払ったのは不適当だったとして、国立市民数人が国立市は市長個人に求償するべきだと住民訴訟を起こします。そして今、国立市が上原元市長に対して、損害賠償請求の裁判を起こしているのです。

上原さんはこの問題で何の個人的利益も得ていません。ただ、公約通り市民とともに、 なんとか国立の景観を守ろうと動いただけです。

その後の選挙で、開発派の市長が選ばれ、市の方針が転換したことは確かです。今回の統一地方選挙でも市民派の現職が落選し、特に上原さんを擁立した生活者ネットワークの候補者は3人とも落選してしまいました。

しかし、だからといって元市長に賠償を求めるなどということは、ぜったいに変です。あってはならないことです。

5月14日(木)、13:30、東京高裁812号法廷をたくさんの傍聴人で埋め尽くし、上原さんを静かに応援しましょう。ぜひぜひ。

大会派で脱会派

第18期の文京区議会が5月1日に発足しました。34人の議員の構成は、自民党9人、共産党7人、公明党5人、民主党4人、社民党1人、維新の党1人、文京・生活者ネットワーク1人、無所属6人です。すったもんだしましたが、会派の結成もおわりました。

メンバーが2人減りましたが、私は前期と同じ会派「市民の広場・文京」を、田中和子議員、浅田保雄議員とともに3人で続けます。

引き続き住民・区民の声を議会に届け、市民の視点で区政をチェックしていきたいと思います。今期は文京・生活者ネットワークの議員として、仲間とともに生活者の声を政策に練り上げるという作業が加わり、議会を風通しの良いものに変えるという希望が見えてきています。

今回、民主4人+無所属2人の「改革ぶんきょう」と、維新1人、無所属3人で新たに結成した10人の大会派「ぶんきょう未来」は、議会を区長の追認機関から大きく転換し、区長与党という姿勢を改め、是々非々で区民本位の政策を選んでいくことを宣言しています。

「ぶんきょう未来」のメンバーのひとり、海津敦子議員のブログに、会派の確認事項が議事録としてアップされていて、特筆すべき素晴らしい議事録なのでシェアさせていただきます。ほんとうに心から期待します。
blogs.yahoo.co.jp/bunkyokugi/13536017.html

 

本来は会派などなくし、すべて是々非々で二元代表で審議するべきだったのに、会派の壁がありどうしてもできなかったことを、皮肉にも大会派の結成でできることになるとしたら、それはそれで期待します。

これまで私たち市民の広場や共産党が条例提案をしたり予算案に修正案を出したりしても、自・公・民の区長与党が質問さえせず、無審査で排斥してきた実態からすると、にわかに信じがたいものがあり、自民・公明が相変わらず区長与党として結束したとしたら、どうなるかも不透明です。また、10人のうち元改革ぶんきょうの方たちが是々非々といいつつ自公につくようだと、今までと変わらないことになります。しかし、10人の中で何らかの刺激や学習の相互作用が働き、是々非々の割合が変われば、結果が変わります。

そこに大いに期待したいと思っています。自己否定を目的に結成する会派があってもいいかもしれません。周囲の期待を裏切ることのないよう祈ります。

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