ワカコマンのなつまつり

今日も暑かった~、疲れた~。でも猛暑の一日の最後、本郷福祉センター若駒の里の「なつまつり」でほっと一息、ビールと焼きそばで疲れを癒しました。フィナーレは快傑ワカコマンが活躍する劇「大きなカブ」、若かったり若くなかったり、浴衣だったりタンクトップだったり、夫婦や親子や私みたいなおひとり様、最後まで様々な人々で賑わっていました。

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遠くに隅田川の花火の音を聞きながら帰りました。若駒の里が開設して11年、当初はご苦労があったのかもしれませんが、地域がこんなに親しく盛り上がっているのは嬉しいことです。他の地域では福祉施設開設が地域になかなか理解されないところもあります。

今朝の柳町小学校整備方針案の説明会を苦々しく思い出します。1年も前から熱心に検討してきたのに、変更過程を誠意をもって示すこともなく、環境アセスすらせず、結論ありきであとづけの整合性のない説明をたった1枚の紙にまとめて片付けてしまおうとする区の姿勢は本当に残念です。

とにかくこの案を通そう、通すためにつじつまを合わそう、という意図がみえみえです。築年数からすれば今体育館とプールを更新する必要がないことはず~っと前からわかっていること。それなのに昨年は検討して、なぜ途中でひっこめたかを聞いているのに対して、まだ更新の必要がない、全面改築のときに同時に更新した方が多様なプランができるからと。つじつまさえあっていません。

長期整備計画は築年数や人口推計などに基づいて決めますが、人口が大きく変わる事情が生じたら耐用年数が来る前でも当然新設だってありえるのだから、増設が中規模改築や大規模改築になる可能性だってあるはずです。大きく変わる事情は教育部門とは関わりのない都市計画の要素が強く、開発に伴う外部不経済であり、今後も人口増の間はどんどん増えると思います。持論ですが外部不経済はその発生源で内部化してもらうしかない。元PTA会長ではないけれど、子どもの教育環境を悪化させる教室増設はせず、児童増加対応は再開発事業者に小学校をつくらせるとか、ドラスティックな転換が必要です。

ともあれ、子どもは6年間で小学校を卒業していきます。区の案では現在の在校生を含め13年後の新入生までは新しい体育館も見ずに卒業です。やなぎの森で遊ぶこともなく狭い校庭と古い体育館で我慢する学年が10期くらいできるのです。ごり押しするために取って付けた理由としか思えず、この人たちは絶対に子どもたちのことを思ってはいないと確信が持てました。説明にあたった区職員は全員区外に住む男性でしたが、自分の子どものことだったらどうしただろうと思わずにいられません。保護者の方に見せていただいた「やなぎの森」への思いをつづった子どもたちの文が心を打ちました。心字池をハート池と呼び、落ちてびしょ濡れになり、スグリや桑の実を食べ、またとない貴重な経験をわくわくしながらつづる姿が目に浮かびます。

不信と怒りに言葉を荒げる保護者さん、子どもたちのためを思って報われぬ努力を重ね疲れてしまったPTA会長さん、それでもみなさんしっかりと主張し、データ提出や追加説明会、教育委員ひとりひとりへの議事録提示の要求をしていましたが、中でも元のPTA会長という地域の男性の言葉が響きました。

「地域の反対する人たちを納得させられない案じゃだめだよ。上の人、教育委員たちが現地を見て判断して、教育長や区長が出てきて話さなきゃ。」

7~8年くらい前の廃案になった学校統廃合計画を思い出します。誠之小学校を低学年と高学年に分割する案に地域やPTAが猛反対しました。区はこれ以外にない、これがベストと言いましたが、ありえない!どうしても納得できず、いつもはおとなしい住民も実力行使まで考えていました。結局廃案となり、今全面改築の検討中ですが、当然ながら区の案はベストどころではない最悪の案だったのです。

昔聞いてずっと忘れられない奈良県の小学校保存運動の話があります。学校は卒業生にとっては心のよりどころ、地域の心象風景です。人口減少で学校は廃校になっても校舎だけは残すべき。経済性や合理性を理由によりどころをなくしてしまえば、地域に愛着を持っていた人々は去り、コミュニティが壊れ、いずれまちは消滅するからと。

 

 

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