歌を歌うということ

SONGSを聞いていて思わず涙が出てしまうことがあります。今夜も伊勢正三のくぐもった温かい声の「22歳の別れ」に唱和しながらついポロリと。

中島みゆきの「誕生」とか井上陽水の「5月の別れ」とか、歌詞の内容に共感したとき、音そのものやメロディに感動したとき、歌ってつい歌いたくなるものです。昔から「蛍の光」とか「仰げば尊し」とか、卒業式系の歌が結構好きだったので大声で歌いました。別れや出会いの歌が好きなのかも。

誠之小学校の校歌が好きでしたが、その後も校歌や応援歌系が好きで、対抗戦などではエール交換や健闘をたたえ合い、これまた大声で歌いました。そんな中で忘れられないのは、学習院歌と桐陰会歌、都の西北、紺碧の空、若き血に燃ゆる者など。楽しかったなあ。1964年のオリンピックでは、まだ6年生でしたが楽譜つきの「世界の国歌集」を買って、アメリカ、ソ連、イギリス、ドイツ、スウェーデンなどの国歌をピアノで弾き、英語で歌ったりしました。子ども時代もおとなになっても、試合では対戦相手が互いの学校や国の歌を歌うのは当然のようにしみついています。

そういう意味では国歌斉唱に抵抗はないのですが、儀式で「君が代」を歌った記憶はあまりありません。中学や高校の入学式・卒業式ではテープでメロディだけ流れていたように記憶しています。仰げば尊しや蛍の光はそのときどきの意味を感じ、ときには涙して歌いましたが、儀式での君が代には感動がなく、あるときからは逆に拘りがあって、なにか素直に喜んで歌えない歌になってしまいました。それはおそらく強制や歌わないことに対する処分に関係しています。どんな歌でも歌いたいとき以外に歌うのはいやです。歌は私にとってはそういうものです。処分なんて・・・

 

今日の文京六中落成記念式典では、子どもたちが君が代、文京区歌、校歌を立派に歌っていました。特に文京区歌を暗唱していたのには驚きました。佐藤春夫作詞、弘田龍太郎作曲による昭和26年に作られた歌ですが、「紅の塵ちかけれど緑の丘はしづかなり」という歌詞の意味をどう解釈しどう教えたのか、興味があります。中学生ですから、意味を無視して覚えさせるということはないはず。ところが文京区のHPにも歌詞の意味はどこにもありません。「区民の皆さまに愛される歌として、広くご利用いただければ幸いです。」というからには意味くらい載せればいいのに。歌詞の意味に共感しなくては愛せない。

www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0052/4800/kashi.pdf

歌詞だけは外部リンクで載っていますが、改めてつらつら眺めると、「自由民主の鐘の音に 人は巷に迷へども 我等が隣安らへり もの知る人の多なれば 町おのづから平和あり」意味深ですね。天皇制の軍の統治下の戦争が終わり、天皇は象徴となり一変して自由民主の社会となり、巷は混乱しているが、文京区の周りは物知りが多いので、落ち着いて平和である、ということか。もしかして文京区には軍部の暴走や天皇制の破たんを察知し戦争の終結とその後の展開を見通していた知識人が多いという自慢の歌なのかもしれません。

自慢といえば今日の祝賀会では、こんなに素晴らしい学校ができた!と素直に自慢する声が多かったですね。古く寒い校舎に耐えてきたことへのご褒美だとか、統廃合が廃案になり改築が遅れたことのお詫びだとか、さまざま理由づけはありましたが、まだまだ我慢を強いられ続ける他の学校の人には自慢以外には聞こえなかったかもしれません。でも好意的に解釈すれば、これだけ素晴らしいものをつくったからには後続の改築にも同じご褒美をつけなければ不公平だと内々で決意が固まり、晴れて自慢したということなのかもしれません。そうであることを祈ります。

すべての文京区の中学生に、最新の多様な教育とエコで持続可能なシステムと地域に開放された明るい環境を!

 

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