守りたいもの

文京区の年賀会も7日に終わり、松の内が明け、そろそろ日常に戻らなければと思います。

年賀会での区長や議長の演説は、区報や議会だよりと全くと言っていいほど同じ。はっきり言って洒脱さに欠けます。私たちがブログなどで取り上げるから、言葉尻を捕えられたりしないよう、原稿通りに読むだけになるのかもしれませんが、これなら区報と議会だよりを入り口で配ればいい。せっかくの年賀会、今日しか聞けない年頭の抱負や初夢なども聞きたいものです。ブログに書かれたって言い訳すればいいし、スピーチなら少々間違えても大目に見ようと思うのが人情です。言い訳もできないほど矛盾することを言ったとしたら、それは区報に心にもないことを書いたということで、それなりに問題ですが、心にもないことを書かなければいいのです。何を守りたくて年賀会という慣習を守っているのか疑問に思ってしまいます。

昨日は千駄木の旧安田楠雄邸で七草がゆをいただいてきました。大正8年に豊島園の創設者藤田好三郎が建てた木造建築、普請道楽だったというご本人は粋を尽くしたこの屋敷に2年ほどしか住まず中野の桃園町あたりに引っ越されたそうですが、その後譲り受けた安田財閥の代々のご当主が見事に守り切って、ほぼ創建時のまま残されています。季節ごとに何度も訪れていますが、建物応援団の多児貞子さんに邸内の隅々まで案内していただいたのは初めてで、調度や造りのひとつひとつの工夫と洒落心、そして保存の良さに感心してしまいました。とびらの開け閉めで音量調節をするVictorの手回し蓄音器、書類を広げながらお茶を飲める上段がガラス張りの2段式テーブル、目の高さに横一列、外を覗ける透明部分を入れたすりガラスなど、古くなっても古びず、素晴らしい技術と今でも十分舌を巻くアイディアが満載です。これこそ守るべき文化です。

エアコンも入れず、毎日百数十枚の雨戸を開け閉めしてきたとのこと。1時間もいると冷え切りましたが、緋もうせんに正座してひざ掛けをしていただいた温かいお粥は格別でした。人の日の節句に無病息災を願って七草がゆを食べるという慣習も守りたいものです。

20140108安田邸七草

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