学校再生・リノベーションを成功させるには

「文京・学校再生応援団」の立ち上げ勉強会がとっても面白かった。
「最近のリノベーション事例に学ぶ」と題して、廃校再生利活用の4事例について聞きました。
共催・協賛にNPO地域再創生プログラム、本郷いきぬき工房、文京建築会が並び、建築家が多かったため、構造や基準法の話が竪穴区画=階段室とか、114条区画とか(防火区画だと後で知った)ちんぷんかんぷんでしたが、心意気で大いに合点しました。

「IDD世田谷ものづくり学校」は池尻中学校活用の力作。

さすが市民参加や協働の土台がしっかりしている世田谷区。ソフトとハードの専門家に任せるところを任せ、がっちりコラボしてイメージを創り上げていったのだろうなあと思わせます。運営にあたる株式会社は、利益を上げることと、アート、農、食、などコンセプト実現とのバランスをきちんととり、それらのコンセプトをカフェに結集して地域に開いています。創業支援よりビジネスとして回るよう、変に家賃も下げず相場で行く。1500人というボランティア登録も、当初からみんなで創っていく雰囲気の中で自然に集まってきたと言います。
次回の勉強会で見学に行くそうなので楽しみです。

「しんえい子ども園もくもく」は西戸山第二中学校活用の保育所と学童保育の複合施設。

木材利用に一家言ある中山区長らしい発想です。ネーミングの由来は聞き忘れましたが、四谷第四小のおもちゃ美術館や「もくもく工房」との連携もあるのかな。豊富な木質内装は文京六中にも通じ、子どもの生態や心理を視野に入れた設計は象設計集団の笠原小学校にも通じます。階段室にふくらみを持たせたという楕円空間が素敵。子どもが壁の木材を撫でている写真があったように思いますが、私も撫でてみたいな~。

「月影の郷」は雪深い上越市の廃校利活用ですが、越後妻有アートトリエンナーレの開催地でもあり、ぜひ次の開催には月影に泊まって、お風呂に入って、アートに浸ろう。こちらは東京の4大学と地元の6大学の協力で、稲作や民具など文化の継承がコンセプトのセルフリノベーション。

「3331 Arts Chiyoda」は2010年事業開始。3・3・3・1とは一本締めの手拍子だそうな。面白い。

もともと関東大震災時の復興小学校、練成小学校と小公園のセットだったのが、その後練成中学と練成公園に分断されていたものを今回大階段でつなぎ、一体化活用を図ったのだそうです。小島小学校活用の台東デザイナーズビレッジに似た感じです。千代田区のコンセプトは文化とアートの拠点で、カフェで明るく地域に開かれた感じです。文京区湯島とは道路を隔てて隣り合っています。三組坂、妻恋坂からすぐなので、行ってみよう。

これらは成功事例ですが、施主である自治体はどのようにプロポーザルの基準を作り、選定し、計画を策定したか、大変興味があります。文京区では旧元町小学校の活用と、明化小学校と誠之小学校の改築が来年度から検討に入りますが、専門家たちの発想力をいかに引き出せるかが課題。一般市民からの発想を吸収する場も必要です。建築家は施主にしばられると言いますが、施主にコンセプトがしっかりあることはもちろんのこと、任せるところはど~んと任せて、協働の各ステークホルダーの発想や持ち味を100%引き出す度量が施主にあれば、倍も3倍も良いものができそうです。安田邸や銅御殿の時代の施主にはあった力です。

金に糸目をつけずと言えない今ですが、行財政改革の中でまず施設計画、改築活用計画が位置付けられていることは、かなり心配材料です。いまだに日本中、容積率緩和で保留床で稼ぐという陳腐で近視眼的な発想が横行しているのも不安です。子ども施設は子どもの幸福のため、文化施設やコミュニティ施設もそれぞれの目的のため、まずは正攻法で王道の施設計画をしてほしいです。ただし根拠を明確に区民に示した上で。コンセプトが良ければ多少お金をかけても区民は納得します。

いつだったか奈良かどこかの小学校存続の話で、学校はどんなに子どもが減っても壊してはならない。建物がなくなればそこを卒業し地域を支えている大人のコミュニティが壊れ、地域は崩壊すると言っていました。東京は特殊ではありますが、文京区は古くからのコミュニティがまだある地域ですから、通じるものがあります。建て替えはともかく廃校の活用には知恵が必要です。

昨日の報告で、若手の発想の豊かさには心底感銘を受けました。彼らの力をぜひ文京区にも貸してほしい!

そして多様化し散漫になった地域を再生させるキーワードは「空間とカフェ」だなあと改めて感じました。

区長会「有志」が都知事候補支持表明

自・公両党が支持する都知事候補の舛添要一氏に対して特別区長会の有志16人が支持を表明したそうです。(都政新報1.24付)

その中には文京区長も含まれています。区政会館で朝食をとりながら会談し、舛添氏は各区の事情を聴取し、児童相談所移管に賛成表明し、五輪、木密対策、少子高齢化対策などについて、「当選後はしっかりやるからご支援ください」と求め、16人が拍手で応じたとのこと。

区長会「有志」は区を代表して支持するわけではなく、区民の総意では当然ないのですが、個人として支持を表明するならまだしも、区長会として、区政会館で、しかもわざわざ有志と断って支持を表明するなど、権威付けの効果を狙いながら糊塗しようとする作為的なあざとさを感じます。また、上記の支援を求められたという政策については、他の候補者も一定の見解を持っているはずですが、舛添氏だけと会談して支持を打ち出したことも、結論ありきの誘導策に思えてしまいます。

ちなみに参加しなかったのは世田谷、練馬、港、千代田、台東、足立、渋谷の各区長。参加しなかった事情は不明で、顔ぶれも微妙ですが、参加しなかった見識に敬意を表します。

私自身は、前回の都知事選では勝手連で宇都宮健児候補を応援しましたが、今回は勝手連には入りません。しかし、前回勝手連で一緒にがんばった仲間が運営しているサイトで、各候補者にアンケートを実施しているのでご参照ください。

gennpatutominntouhyounokai.jimdo.com/2014東京都知事選立候補予定者アンケート/

私は、原発も基地も差別の論理が元にあると考え、そういう意味で虐げられる福島や沖縄と勝者で富裕の東京はつながっていると考えています。国への影響力が大きい東京都知事には、差別に厳しく弱者に厚い人、原発再稼働や輸出に反対で、辺野古埋立や基地建設に反対の宇都宮氏になってもらいたいと考えています。

 

ショックな閉店

ご近所で34年間親しまれてきたケーキ屋さんが31日で閉店になります。

3代に渡りほんとうにさまざまお世話になってきました。

母は料理教室で手のかかったメニューを習ってきて食卓にのせてくれ、私は余ったケーキをいただいたり、ポスターを貼らせていただいたり、娘は結婚式のお配りものを手作りしていただき。。。

閉店の事情を伺うと、やむを得ないなあとも思いますが、ずっと赤字だったとは残念です。もっと値上げすれば、と言うと地域の皆さんに申し訳ないからそうはいかないと。そうだねえ、仕方ないか。涙が思わずあふれます。

これからは趣味で木・金・土だけお惣菜をつくるから覗いてみてね、と。注文でクリスマスやバースデーなど記念日ケーキは続けるそうです。息子の結婚式のお菓子を仮予約して帰ってきました。いつになるかはわかりませんが。

我が街の地域の小売店はどんどんなくなり、壊滅状態です。わずかに残った魚屋さんと床屋さんを支えねば。

 

 

怒れ!武器なき島の守礼の民

沖縄県名護市長選挙で稲嶺進現市長が当選し、本当にほんとうに嬉しいです。稲嶺氏は辺野古埋立と基地建設に反対してきましたが、それは普天間基地をそのままにしてという意味ではありません。普天間の危険な基地は一刻も早く廃止するべきと考えています。

でも世間では名護市が受け入れなければ普天間に基地が固定化するという誤解があります。普天間でまた事故があったら移設反対派の市長を選んだ名護市民の責任だと言わんばかりの酷い論調もあり、悲しくなります。まったくの誤解です。

危険な市街地内の普天間飛行場はただちに廃止し、どうしても日本に米海兵隊の飛行場が必要なら、どこか引き受けてくれる県を探せばいいだけ。今回のような露骨な県連への圧力や買収めいた手法がまかり通るなら、他の県に同じ手法で強要する手もあるはず。

そもそも巨大な嘉手納空軍基地があれば普天間飛行場は必要ないという説もあるのです。沖縄は基地がなければやっていけない、資金援助がなければやっていけない、という世論をつくったのはメディアの責任もあります。沖縄ではずっと基地反対の声は強かったし、前回2010年の知事選で仲井真知事に敗れた伊波洋一元宜野湾市長は、普天間基地のグアム移転と跡地の具体的な土地利用計画や農業など産業振興策も持っていました。当時那覇市でのシンポジウムで伊波さんの構想を直接見て聞いた私は、この案で十分いけると確信したのですが、取材に来ていたメディアはそれを報道せず、びっくりした記憶があります。結果として県内移設反対でグアム移転案を唱えた伊波さんが、県外移設を唱えながら県内反対を言い切れず、結局3年後に辺野古埋立を承認した仲井真知事に敗れたのです。たとえ圧力があったとしても、基地に依存する飴と鞭に弱い沖縄という絵になる構図を演出し続けたのはメディアだと言っても過言ではないと思います。

もはやそんな失礼な風評は返上し、「札束とブルドーザー」への軽蔑を名護市民は19日の選挙で示したのです。「武器なき島」の心優しい守礼の民は自分たちがいやな基地を他の県に押しつける非道を控えていましたが、もう我慢の限界です。県外につくってください!本当に必要なら。

天声人語「武器なき島」の基地 www.asahi.com/articles/DA3S10934522.html?ref=tenseijingo_backnumber

 

 

情報教育の重要性

ICT(インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー)教育が言われだして久しく、高校で「情報」が必修科目になって10年たちます。文京区でも新しくできた中学校には電子黒板やコンピュータなどが完全装備されていますが、機器操作技術にとどまり、肝心の情報リテラシー、つまり情報の受発信、選別、情報公開を含む入手・活用技術などについての教育はまだまだ遅れています。

受験科目になっていないことも原因のひとつと、危機感を募らせる大学教員などが研究会を自主的に組織し、「情報」を大学入試センター試験の科目にすることを目指して「大学情報入試全国模擬試験」を実施しています。

mainichi.jp/shimen/news/20131219ddm013100008000c.html

twitter.com/jnsgsec/status/413931591434395648

不足している情報教育の教員養成や、高校生ではAO入試に使える大学もあります。(受験証明書が出ます。)ぜひトライしてみてください。第2回模試は以下の通り。
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■第2回大学情報入試全国模擬試験受付中
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情報入試研究会と情報処理学会情報入試WGは、以下の日程で、第2回大学情報入
試全国模擬試験を実施します。
模擬試験実施日:2014年2月22日(土) 13:30~16:00
(団体受験は2月8日(土)~3月15日(土)の期間に実施)
申込締切:2014年1月31日(金)(団体) 2月10日(月)(個人)

会場:明治大学駿河台キャンパス、大阪電気通信大学寝屋川キャンパス
詳細情報  jnsg.jp/?p=957

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与党が予算をつけるという選挙応援は公選法違反にならない?

議員や選挙で選ばれる首長は、有権者に金品を寄付したり、結婚祝いや香典を出したり、年賀状を自ら出すことまで公職選挙法で禁じられています。

自民党石破幹事長が名護市長選で、辺野古基地推進派候補の応援に入り、500億円の名護振興基金を約束したとの報道。ryukyushimpo.jp/news/storyid-217943-storytopic-3.html

明らかにお金で票を買おうという意図でも、基金立ち上げに国の予算をつけるのは許されるのでしょうか。国の予算を約束できる与党だから言えることですが、では与党ならいいのか。名護市民ひとりずつに行き渡るように合計500億あげましょうと言ったらたぶん違反でしょうけど、ではバラマキでなくプロジェクトならいいのか。目的は票を買うことでも?

自民党はこれまで県連の締め付けで公約を覆させるなど目に余ることをしてきました。そんなに中央集権的に上から押しつけることが可能なら、なぜ本土のどこかの県の県連に基地移転を容認させないのか。なぜ県内移設に固執するのでしょうか。他県では住民の合意が得られないというなら、沖縄はバカにされ見くびられているとしか思えません。

名護市長選は今日、1月19日です。有権者の皆さんには、見くびられないよう、頑張って政権与党の真意や正体を見極めて投票していただきたい。

歌を歌うということ

SONGSを聞いていて思わず涙が出てしまうことがあります。今夜も伊勢正三のくぐもった温かい声の「22歳の別れ」に唱和しながらついポロリと。

中島みゆきの「誕生」とか井上陽水の「5月の別れ」とか、歌詞の内容に共感したとき、音そのものやメロディに感動したとき、歌ってつい歌いたくなるものです。昔から「蛍の光」とか「仰げば尊し」とか、卒業式系の歌が結構好きだったので大声で歌いました。別れや出会いの歌が好きなのかも。

誠之小学校の校歌が好きでしたが、その後も校歌や応援歌系が好きで、対抗戦などではエール交換や健闘をたたえ合い、これまた大声で歌いました。そんな中で忘れられないのは、学習院歌と桐陰会歌、都の西北、紺碧の空、若き血に燃ゆる者など。楽しかったなあ。1964年のオリンピックでは、まだ6年生でしたが楽譜つきの「世界の国歌集」を買って、アメリカ、ソ連、イギリス、ドイツ、スウェーデンなどの国歌をピアノで弾き、英語で歌ったりしました。子ども時代もおとなになっても、試合では対戦相手が互いの学校や国の歌を歌うのは当然のようにしみついています。

そういう意味では国歌斉唱に抵抗はないのですが、儀式で「君が代」を歌った記憶はあまりありません。中学や高校の入学式・卒業式ではテープでメロディだけ流れていたように記憶しています。仰げば尊しや蛍の光はそのときどきの意味を感じ、ときには涙して歌いましたが、儀式での君が代には感動がなく、あるときからは逆に拘りがあって、なにか素直に喜んで歌えない歌になってしまいました。それはおそらく強制や歌わないことに対する処分に関係しています。どんな歌でも歌いたいとき以外に歌うのはいやです。歌は私にとってはそういうものです。処分なんて・・・

 

今日の文京六中落成記念式典では、子どもたちが君が代、文京区歌、校歌を立派に歌っていました。特に文京区歌を暗唱していたのには驚きました。佐藤春夫作詞、弘田龍太郎作曲による昭和26年に作られた歌ですが、「紅の塵ちかけれど緑の丘はしづかなり」という歌詞の意味をどう解釈しどう教えたのか、興味があります。中学生ですから、意味を無視して覚えさせるということはないはず。ところが文京区のHPにも歌詞の意味はどこにもありません。「区民の皆さまに愛される歌として、広くご利用いただければ幸いです。」というからには意味くらい載せればいいのに。歌詞の意味に共感しなくては愛せない。

www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0052/4800/kashi.pdf

歌詞だけは外部リンクで載っていますが、改めてつらつら眺めると、「自由民主の鐘の音に 人は巷に迷へども 我等が隣安らへり もの知る人の多なれば 町おのづから平和あり」意味深ですね。天皇制の軍の統治下の戦争が終わり、天皇は象徴となり一変して自由民主の社会となり、巷は混乱しているが、文京区の周りは物知りが多いので、落ち着いて平和である、ということか。もしかして文京区には軍部の暴走や天皇制の破たんを察知し戦争の終結とその後の展開を見通していた知識人が多いという自慢の歌なのかもしれません。

自慢といえば今日の祝賀会では、こんなに素晴らしい学校ができた!と素直に自慢する声が多かったですね。古く寒い校舎に耐えてきたことへのご褒美だとか、統廃合が廃案になり改築が遅れたことのお詫びだとか、さまざま理由づけはありましたが、まだまだ我慢を強いられ続ける他の学校の人には自慢以外には聞こえなかったかもしれません。でも好意的に解釈すれば、これだけ素晴らしいものをつくったからには後続の改築にも同じご褒美をつけなければ不公平だと内々で決意が固まり、晴れて自慢したということなのかもしれません。そうであることを祈ります。

すべての文京区の中学生に、最新の多様な教育とエコで持続可能なシステムと地域に開放された明るい環境を!

 

はたちの皆さん、おめでとう!

今日は成人式。はたちになった皆さん、おめでとうございます。本当に立派に晴れがましく見えました。

文京区「はたちのつどい」は松崎しげる効果か大入り満員でした。新成人1672人の出席率はどのくらいかわかりませんが、保護者席が老若男女入り乱れ満員だったのが印象的でした。

プログラムの冒頭に「文京区歌」とあったので、さあどのように歌わせるのかな、と思っていたら、なんの着席前にテープを繰り返し流していただけでした。開会後も数十分は着席せずおしゃべりに興じているくらいですから、誰も聞いていなかったようです。差別的で人権問題にふれる部分がある歌詞で(私はそう思います)、知らない人が多いのが救いのような(私はそう思います)歌ですが、年賀会では流されなかったので成人式ではどうかな、と思っていました。

式典は、「はたちのつどい検討委員会」(新成人5名)が企画に参加して運営されました。男性1名、女性4名のメンバー構成も素晴らしい。

区長、区議会議長、選挙管理委員長の3人の来賓あいさつが短いのは成人式の常で(新成人の集中力をバカにしている?)、実は私たちの方が喜んでいるのですが、特に議長の祝辞が光っていましたね。これからの課題山積の高齢社会を担っていく若者に、多様な考え方を学び、幅広い視野で的確な判断をしていってほしい、私も心からそう思います。

アトラクションの「松崎しげるin文京」は、地区対などにも案内があったそうで、夫が床屋談義でも聞き及んでいた前評判で、楽しみにしていました。オープニングの「君の瞳に恋してる」、「愛は勝つ」「負けないこと、投げ出さないこと(題名失念)」など元気メドレー、オネスティに似ている題名不明曲、そしてお馴染み「愛のメモリー」、これで終わるかと思ったら自主的アンコールの「ボラーレ」。懐かしい曲ばかりで、オープニングとエンディングが洋楽なんて、松崎さんの真骨頂。64歳とはとても思えない若さです。ほんと、元気が出ました。ありがとう!

ただ一つだけお願いがあります。去年の「つどい」やウィンドオーケストラやオペラアリアでも感じたことですが、シビック大ホールはせっかくの音響自慢なのに、大音量や声量がある歌手だと音が割れるのです。アリアを歌った歌手の方は、自分の声や音程が聞き取れず困ったと言っていました。今日もMCトークなどはほとんど聞き取れませんでした。来年度の大規模改修で音響設備をもう一度精査し、ぜひ改善していただきたいと思います。

耐震性不足マンションの建替えに容積緩和はやめて!

今朝の東京新聞、マンション建て替え円滑化法改正案を24日からの通常国会に提出すると報道。
www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014010901001919.html

容積率緩和で保留床をつくり、売却して費用に充てることを推奨するという、使い古され都心部では破たんが見えている手法です。1981年以前の旧耐震基準の老朽マンション106万戸の建て替えが目的とはいえ、今後耐用年数(50年くらい?)が切れるマンションが続々と増え、建て替えられなくなることが予想されます。それらにもどんどん援用して、天井知らずにどんどん高くすることを推奨すれば、後世に禍根を残すこと必定です。巨大地震が想定される日本ではとんでもない危険な発想でもあり、ほとんどのマンションが容積率上限ぎりぎりまで使っている現状からすると、用途地域ごとの容積率だけでなく絶対高さ制限との関係も問題になりそうです。まち壊し自治壊しの悪法です。

マンション建て替えが進んでいない原因は、建て替えることを計算に入れない、あるいは建て替え時の負担を隠したディベロッパーの利益優先売却方法です。たとえば友人のマンションは築20年くらいで管理費が月8800円、別途積立はなしというけれど、20年で約200万しか貯まっていないことになります。ひどすぎ!建て替えにかかる費用は基本的に積み立てるべきでしょう。戸建て住宅の人は5000万とか全額個人で持っているのです。坪単価木造で70万、RCで100万としたら(値上がりしてるだろうけど)マンション建て替えには30坪で最低3000万円はかかるのです。超高級マンションで50坪としたら1億はするかも。

マンションも戸建ても同じ住宅、住む人は建て替えも含め社会への責任をもって住むべきです。まち壊しのマンション建て替えのために、自治体の都市計画を曲げてまで費用を捻出する法をつくる必要があるのでしょうか。管理費できちんと建て替えを賄う法改正が先でしょう。折しも今朝のケンプラッツにE-ディフェンスでの長周期地震動による超高層建築の倒壊実験(1990年頃の工法)が載っています。耐震性充足の目的で高層化して、より危険になったら元も子もありません。
kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20131225/645851/

今朝から国交省住宅局市街地建築課に電話していますが、担当者が外出中でつかまりません。少なくとも絶対高さだけは優先にしてほしい。ロビー活動をする暇がありませんが、新都知事選挙の踏み絵にしてはどうかな。

守りたいもの

文京区の年賀会も7日に終わり、松の内が明け、そろそろ日常に戻らなければと思います。

年賀会での区長や議長の演説は、区報や議会だよりと全くと言っていいほど同じ。はっきり言って洒脱さに欠けます。私たちがブログなどで取り上げるから、言葉尻を捕えられたりしないよう、原稿通りに読むだけになるのかもしれませんが、これなら区報と議会だよりを入り口で配ればいい。せっかくの年賀会、今日しか聞けない年頭の抱負や初夢なども聞きたいものです。ブログに書かれたって言い訳すればいいし、スピーチなら少々間違えても大目に見ようと思うのが人情です。言い訳もできないほど矛盾することを言ったとしたら、それは区報に心にもないことを書いたということで、それなりに問題ですが、心にもないことを書かなければいいのです。何を守りたくて年賀会という慣習を守っているのか疑問に思ってしまいます。

昨日は千駄木の旧安田楠雄邸で七草がゆをいただいてきました。大正8年に豊島園の創設者藤田好三郎が建てた木造建築、普請道楽だったというご本人は粋を尽くしたこの屋敷に2年ほどしか住まず中野の桃園町あたりに引っ越されたそうですが、その後譲り受けた安田財閥の代々のご当主が見事に守り切って、ほぼ創建時のまま残されています。季節ごとに何度も訪れていますが、建物応援団の多児貞子さんに邸内の隅々まで案内していただいたのは初めてで、調度や造りのひとつひとつの工夫と洒落心、そして保存の良さに感心してしまいました。とびらの開け閉めで音量調節をするVictorの手回し蓄音器、書類を広げながらお茶を飲める上段がガラス張りの2段式テーブル、目の高さに横一列、外を覗ける透明部分を入れたすりガラスなど、古くなっても古びず、素晴らしい技術と今でも十分舌を巻くアイディアが満載です。これこそ守るべき文化です。

エアコンも入れず、毎日百数十枚の雨戸を開け閉めしてきたとのこと。1時間もいると冷え切りましたが、緋もうせんに正座してひざ掛けをしていただいた温かいお粥は格別でした。人の日の節句に無病息災を願って七草がゆを食べるという慣習も守りたいものです。

20140108安田邸七草

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