不思議の国の学校

寒い夜が深々と更けていきます。外を見ると雨、夜更け過ぎに雪へと変わるのでしょうか・・・こんな寒い夜はペチカがあればなあ・・・長い長いお話しましょ。

先日、2才の孫が突然のじんましんと38度の発熱で、保育園から呼び出しがあり、娘に代わってお迎えに行きました。昼過ぎに着くと、彼は元気にお腹をすかせていましたが、先生は「アレルギーが心配なのでお粥少しと麦茶しか与えていません。」 私も「ご心配かけてすみません、ありがとうございました。」

娘は「前にも鰺や鱈でじんましんが出たからアレルギーかも」と呑気ですが、給食の責任がある保育園は大変です。今話題のアレルギー対応食を給食でどうするかですが、家からお弁当を用意してきてもらってもいいのかなと思ってしまいます。昔、5才違いで2人いた我が子たちのお弁当づくりを合計15年間やり通した身からすると、何でもないように思えるのですが、忙しい今の親たちはそうはいかないのかな。昔だって忙しく働きながらお弁当をつくった時期もありましたけど。娘の家の冷凍庫には、下ごしらえした野菜の素材(もちろんできあい)が玉ねぎを刻んで炒めたものまでビッシリと並んでいるし、料理はどんだけ楽になっているか。

それで思い出したのが、学校給食の導入が一番遅く、1990年だったという自治体、埼玉県宮代町を視察したときのことです。1982年に没した名物町長の斎藤甲馬さんが「学校は子どもの生活の場、子どもの食べ物は親がつくるべき」という強い意志で、ずっとお弁当だったそうです。

宮代町に行った目的は、象設計集団が設計した笠原小学校と進修館(公民館兼議場兼体育館兼たまり場)を見るためでした。その筋では超有名な建物ですが、33年、35年前の建築とは思えない斬新なアイディアに満ちたスピリチュアルなもので感動でした。

宮代町は当時、よそ者が入ると町の良さが壊れるといって市街地化を嫌い、人口が半減しても商業的再開発はせず、ゲームセンターもつくらせなかったそうで、前述のお弁当といい、本来の意味で超保守的なのかもしれませんが、公共建築コンセプトは群を抜いています。

笠原小は東武動物公園の観覧車や燃えるような落羽松かアケボノ杉の紅葉をバックに、築33年の程よい退廃が絵のような美しさでした。
夕暮れまで校長先生に中をご案内いただき、こんなところで教育を受け、子ども時代を過ごせたら、さぞ精神が解放されたインクルーシブな心優しいおとなになれるだろうなあ、とため息混じりに思いました。

笠原小には無数の玄関と無数の柱がありますが、柱にはもれなく平仮名で彫り物があります。いろはかるたから都道府県名、野菜や果物、宮沢賢治の詩など、「としよりのひやみず」「むりがとおればどうりがひっこむ」には呆れましたが、とにかく飽きない。

「農のあるまちづくり」がスローガンで、学校の周囲には沼地や田圃が残り、満を持して導入した給食は地産地消、有機のすばらしい内容。2階のテラスからは四季ごとの美しい風景、今は紅葉と冬田圃が見渡せ、手すりにはわざわざ 登ったら1階の庭に落ちられるような踏み段をつくり、階段の天井をふと見ると、夕陽に照らされ赤く映える赤トンボの彫り物。そこここに遊び心満載です。

校長先生曰く、校内にはもっと面白いものがたくさんあるから、わざわざ登って落ちる子はいないのだそうです。ほんとその通り、面白いものばかり。教室は真四角ではなく、引っ込んだり出っ張ったり、電車コーナーではBOXシートに対面で座り、ひそひそ話もできるし、すねたいとき泣きたいときは押入れ状の小さい隠れ家にひとりで入れる。低学年の教室にはお人形のトイレのような鏡つきの小さなトイレまであります。学校は街で教室は家、まさに生活の場です。考えたり感情を出したり押さえたり、友やおとなとの関わりの中で精神を開放し、きたえ、自ら学べる場になっています。

児童数は最盛期の半分ほどになり、笠原小学校は空き教室を転用して高齢者や障害者のカフェや作業所として活用し、休み時間には子どもたちも自由に行き来し、碁を打って遊んだりして日常を過ごし、生活の一部として自然に異年齢交流をしています。今さらですが、子どもにとっては遊び=生活=学びなんですよね。ここで育った子はここでの生活を絶対に忘れないでしょう。

もうひとつびっくりするのは、宮代町は公立小4校は自由選択制で、しかも近くの中学と一貫教育をしているのですが、こんな素晴らしい笠原小にはさぞ希望が集中すると思いきや、そうでもないらしい。東小学校は木造の温かさ、百間(もんま)小学校は伝統、等々それぞれ特徴が評価されているそうです。これはすごいことです。新しい校舎に希望が偏る文京区は、もっと教育の何たるかを学ぶべきでしょう。

さて、象設計集団の作品でもうひとつのサプライズは、進修館というスペース。議場は可動式の円卓会議になっていて、三角帽のようなとんがった木の椅子の背と、皆が顔を見合わせる配置のおかげで絶対に眠れない。傍聴席は階段教室のように高くなっており、見下ろす風景は写真で見るとさながら不思議の国のアリスの魔女のお茶会にまぎれ込んだ感覚。今度ぜひ会期中に傍聴に行きましょう。

他のスペースも内装は木材ばかりですが、ゴミ箱から消化器まですごく可愛いデザインです。調理室では自分たちでつくった料理をつまみにおじさんおばさんたちが酒盛り、体育館ではダンスのレッスン、ヨーロピアンなアーチ型列柱の間にはコスプレを楽しむ若者たち。外観は何と言ったらいいか、ギリシャ神殿のようでローマのコロシウムのようにも見えるけれど、すべてがカーブを描き、地盤面はうねって何階にいるのかも次第に分からなくなる造りです。

象は沖縄の名護市役所の設計で有名ですが、名護市民の密かな声は、暑くてたまらないけれど、コンセプトが風が通るエアコン要らずだから、素敵な象さんのメンツにかけても絶対暑いとは言わないとか。これです!実は笠原小も冬ものすごく寒いのです。

数多くの建築紛争を見てきましたが、本当の意味で人にやさしい心を打つものなら、大抵のことは許せるけれど、人を人とも思わない酷いコンセプトだとどうしても許せないのだということ。笠原小は象が教育というものを研究し視察しコンセプトを練るために時間がほしいと言い、工期は1年以上遅れ、予算もかなりオーバーしたけれど、文句は出なかったようです。寒いとか鍵をかける場所が無数にあるとかは子どもも校長先生も我慢してます。

今文京区では小学校の改築問題で区の設計案が区民に受け入れられず、仕切り直しになったところがありますが、これなども原因はその辺にあるように思います。ほんとに子どもたちのため、区民のためを考えていないことを区民が見抜いたのではないでしょうか。

さてさて、最初の話に戻り、アレルギー対応の給食も一気に全食品に対応しようと無理をして事故を起こすことを誰も望んではいないし、まずは一般的な品目から順次対応していくので、しばらく大変でしょうけどお弁当をお願いします、と丁寧に説明すれば、理解を得られるのではないでしょうか。真剣に子どものためを思ってのことであれば、そしてそれを伝える言葉をもっていれば、超保守であろうと予算をかけることができなかろうと、寒かろうと暑かろうと、人はそれほど頑なでもなく理解力もあると思うのです。

ペチカがほしいくらい寒いですが雪にはなりませんでしたね。長いお話おわり。

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