文化は記憶の継承・・・

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Odd Eye

Odd Eye

 

お向かいの邸宅の解体工事が終わりました。丸2ヶ月、震動と騒音に悩まされましたが、更地になってみると改めてもったいないことをしたなあ、と思います。かつてお医者様の自宅と医院があったころの思い出がかすかに残っています。前庭や中庭には池や築山があり、石や古木や竹林があったのに、何一つ残さず平らにしてしまった風情のなさ。愚挙。こうしなければ売れない、更地の方が価値があるなんて、いつから日本はこんな信じられない非文化的な国になってしまったのか。

写真奥の塀の後ろには、中央公論初代社長の麻田駒之助さんの邸宅だった国登録文化財の平野邸があり、今回の解体で被害があったようなので心配です。今もご当主がお住まいですが、こちらはぜひぜひ守っていきたいです。

blogs.yahoo.co.jp/maki57562000/GALLERY/show_image.html?id=53155953&no=1

「文化は記憶の継承」と言ったのは高階秀爾さんだったか。去る者は日々に疎しで、かつての西片町のおぼろげな記憶が彼方に追いやられ忘れ去られるのは時間の問題でしょう。土地を譲り受けた所有者の私的権利(権利と言ってももっぱら金銭的利益を得る権利のみ)を文化よりも何よりも大事にする文京区は、「文化と歴史と緑」を売りにしながらそれらをいずれ食いつぶしていくのでしょうか。土地の売買や建築に際して、樹木を残す決断をした地権者や設計に対して区として助成をしてはどうかと10年近く前に区に提案したところ、今後検討すると言っておきながらずっと手をこまねいています。無策なまま文化の風化を待つ文京区には「文化と歴史と緑」というフレーズを返上してほしいくらい。本当に情けない思いです。

一方、先日のニュースで、杉並区が来年度予算31億円で荻窪にある近衛文麿元首相の旧宅「荻外荘」(てきがいそう)を取得することを報じていました。有識者らによる懇談会で活用方針を検討するとのこと、杉並区のことだから住民参加も当然あると思います。東京の文化は西高東低のようです。

headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130214-00000013-mailo-l13

荻窪駅を南口に下りて高井戸方面に南下する道沿いには、文化財が並んでいます。まず取っつきには「旅館西郊」(せいこう)、そして荻外荘、大田黒公園と続きます。旅館西郊は一昨年登録文化財になったそうで何よりですが、5~6年前、もしや取り壊されるかという話を聞き、まちづくり仲間で今のうちに西郊に泊まろう!ということになり、午後から勉強会、夕方から夜中まで宴会、そしてお泊まりをしたのでした。

洋館部分は下宿屋というかアパート、和室部分が旅館になっている不思議な建物ですが、使ってこそ生きる文化財、地震が恐くて文化が守れるか、とまでは言いませんが、危ないから壊すのではなく何とか工夫して使う心意気が嬉しいです。

文京区は昨年、念願の森鴎外記念館を設立し、文の京の対面をなんとかつなぎとめましたが、長年放置してきた新江戸川公園の松聲閣は来年度予算でようやく修復することになったところで、2年前に入札不調になったいきさつは想像はつくものの話にならないお粗末さでした。要するに心意気と想像力と柔軟性に欠けるのです。あんなに素敵な公園を何年も放りっぱなしにしておいたなんて恥ずかしい。大田黒公園は杉並区立公園としては初の回遊式庭園だそうですが、文京区には回遊式庭園が多すぎて有り難さがわからないのですね、きっと。

サトウハチロー記念館も残せず旧居跡の石碑一枚にしてしまい、樋口一葉記念館はつくらないと断言し、旧伊勢屋質店も市民団体がほそぼそと年1度の公開を支えている現状です。みなさんは文京区の文化行政をどう思いますか?自発的な自覚を待っているあいだに記憶はとだえ、重みのある文化は継承されず、吹けば飛ぶような軽薄短小な町になるでしょう。その前に声をみんなで上げませんか。

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