読書の秋

暑い暑いと思っていたらいつの間にか11月、秋も深まり、夜中に冷え込むようになりました。朝、丸まって布団にくるまっているとなかなかベッドから抜け出せません。

秋の夜長、読書の秋です。皆さまは最近どんな本を読まれましたか?私はネット古本屋で昭和初期の「庭園と風景」という雑誌(日本庭園協会発行)を見つけ、思い切って全58冊買ってしまいました。1冊35銭という価格が安いのか高いのか、現代の貨幣価値ではいくらなのか、全然見当もつきませんが、まださわりしか読んでいないけれど、これがまた面白いのです。

私の知っているだけでも本多静六、大江新太郎、武田五一、井下清などそうそうたる執筆陣で、大塚公園などの記事も興味深いのですが、特に当時の東京市公園課長だった井下清が「きよ。ゐのした」の筆名で書いた『百年後には公園はなくなる(百年後の公園夢物語)』というのがすごく面白い。

2028年からみた100年前は、「人々は自己の所有権なるものが確保されて居って、資産のあるものは、各一定の土地に自己の家族だけの邸宅を構え・・・その資産を獲得しさらに富まんためには、全生涯を挙げて健康を損なうことも道義に反することも意とせず、悪戦苦闘した・・・。その結果、極端な都市密集生活となり・・・餓鬼のごとき浅ましい生存競争をしたのであった。」

さらに、「一世紀前の社会施設の中に、一つ他の制度より一歩進んだものがあった。それは公園なるものであって、・・・ある自然地の内に自由平等に楽しく相愛し、相援けて人生を楽しまんとするのであって、この公園の思想が百年後の我々の社会制度を作り出したものと云える。」「今日我々は特に公園なるものを持たないが、・・・その時代において人々は都市に集団することによってのみ幸福を得、また富を獲られると信じて居ったのであって、公園なるものがその反動として消極的に認められたのである。」「この都市においては・・・人口一人当り四方米以上を最小限度として公共空地が設定され、・・・僅かな公園地が人々の慰安休養のほかに、密集生活による空気の悪化と種々の災害に対し大なる効果を与えるものと考えられておったことは微笑を禁じ得ないが、個人単位の争闘的社会組織から脱した今日(昭和百余年)、・・・(放送電動器、腐植質化ガス、輻射線の巧みな利用などの技術革新により)昔の如き煩雑な作業を必要とせぬ結果、全国土すべてを美化することが容易になり、公園と名づけて僅かな地のみを装景することのなくなったことは大いに誇りとしてよい。」「百年前においては運動復興絶頂であったため公園内にまたは公園と併立して大規模な運動場と児童遊園が設けられたことは・・・興味があるが、その根本精神は力量技術を競わんとする争闘時代の訓練にほかならぬ。今日においては楽しむべき遊戯のみが発達し、・・・その大運動場は古をしのぶ儀式的運動に用いられる程度にすぎぬ。・・・児童遊園に相当するものは各居住地に在って、往時各家庭が客間を設けた如く、児童相互の訪問遊戯に供えている。」「学校よりも人々の教育上重大な使命を持つものは博物館であって、我々が航空路から直に認める大建築物のほとんどが博物館であると云うも過言ではない。交通は往時に比して甚だ少なく、迅速を要するものは中央放電局より受電して飛行する航空船、急を要せぬもの、重要なものは太陽熱線を蓄積したる自動車によるものであって、一時流行した地下鉄道なるものは萬物の霊長たる人類の交通すべきところでない・・・。」「現代において自然美化に要する経費は莫大で、教育費に次ぐものではあるが、往時の交通土木費が繰変えられていると見るべき・・・・・」などなど、2012年にして今なお一人5平米という情けなさ、手の届かぬ少々無理のあるユートピアながら、示唆に富んだことが語られています。

ご希望の方に貸し出します。

読書と言えば数日前、2010年度公立図書館の国民1人あたり貸出冊数が過去最高、年5.4冊となったと報じられていました。 小学生では同26.0冊。

www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201211010077.html

ある社会学者は、「自分のように本を書くのが本業ではない者はまだいいが、小説家などは買ってもらえないと困るだろうなあ」と言っていました。でも、電子書籍も台頭してきましたが、収入の少ない若い世代や子育て世代には図書館はありがたい存在です。

幼児期にどんな本を読んでもらったか、どんな本を読んだかは、後々の人生に大きな影響を与えると思います。うちの子どもたちの幼稚園(杉並区中瀬幼稚園)には、図書室があり、毎日のように本を借りて帰りましたが、お礼に有志のお母さんたちで「絵本の広場」という本の修理・読み語りのボランティアをしていました。近頃子どもに悪影響を与える本を排除する向きもありますが、子どもにとっては読みたい本が良い本です。この本がいいと押しつけるのではなく、自発的に選ばせながら、どれを選んでも当りというのが理想です。そのためには良い本を選んで揃えたり、読み語ろうということになり、中央図書館の講座に参加したり、推薦し合って書評を書き合ったりしました。

私自身は子どもの頃、家の中に絵本がたくさんありましたが、母が何を読んでくれたのか実はまったく記憶にありません。最初の本の記憶は幼稚園の上組さんのとき、本好きの祖父が学校に上がるのだからと(お祝いだったのか?)買ってくれた講談社少年少女世界文学全集全51巻でした。 毎月配本で5年間くらいかけて全巻そろいましたが、いつも楽しみに待っていたものです。第1回配本は今も忘れない「ああ無情」(レ・ミゼラブル)、第2回が「ギリシャ・ローマ神話」でした。このあたりは全部祖父がだっこして読んでくれましたが、涙をぼろぼろ流しながら聞き入っていたのを覚えています。特にギリシャ神話が大好きで、その後自分でも本がボロボロになるまで何度も読み返しました。アネモネやヒアシンスになった美少年の血にまみれた話は魅惑的でした。ショッキングでしたがワクワクして、夜眠れないこともありました。ゼウスとヘラ(名前からして憎らしかった)のからみは子ども心に嫌いでした。こういう体験が人格形成にどう影響したのか、良かったのか、悪かったのか評価はできませんが、そんな幼児期の読書体験はおとなになっても心の芯となって残るものです。

図書館はありがたいけれど、良い本の書き手が困らないようにするには・・・貸出冊数に応じて印税がふえるようなしくみがあれば良いかなと思います。

さて、 区内に18も大学がある文京区には大学図書館の区民利用の制度があります。 東洋大、文京学院、お茶大、跡見学園、拓殖大学が協力してくれています。 www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_library_daigaku_.html

秋の夜長、どうぞ読書を楽しんでください。

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