陸前高田の夏祭り

8月15日 陸前高田市の広田水産高校仮設住宅駐車場で夏祭りと盆踊りが開かれました。亡くなった方たちの鎮魂とちりぢりになった住民たちの盆踊りでの再開を願ってなんとか実現させたものです。                  

昨年の5月に友人の塩飽さんに誘われて広田地区六ヶ浦の避難所に救援物資を届けたのですが、今回は塩飽さんとご主人、彼女の成蹊大学剣道部OB仲間とでお手伝いに行きました。

広田地区は海に突き出た半島、海沿いの地区は地震で水没し、津波で家は流されました。昨年は壊滅状態のままがれきが山積みでしたが、今回は倒壊家屋などはすっかり除去され、がれきも木質とその他に分別されて積み直されていました。道路は被災後早い時期に立派に舗装整備されましたが、今回は沿道の商店も仮設とはいえ営業を再開し、お盆ということもあって賑わっていました。14日の夜、食材を車に積んで東京を出発し、途中「産直はまなす」で野菜を積み、昼過ぎに広田水産高校に到着、早速塩飽グループは焼きそば、フランクフルト、キュウリの塩糀漬けの準備にとりかかりました。

産直はまなす 新鮮野菜屋

立教大学、岩手大学、生協、企業、各地の支援者たちもさまざまな屋台やゲーム、福引きなどを準備し、おとなも子どもも待ちかねたように繰り出してきました。

総計300人以上でしょうか、焼きそばだけで150食は完売しました。といっても全部無料です。広田水産高校の仮設住宅には約140世帯340人が住んでいますが、ほかに移り住んだ親戚や友人も集まって賑やかに食べたり遊んだり。

そうこうするうちに宵闇が迫り、6時からは待ちに待った盆踊りです。仮設住宅に住む漁師さんと日本舞踊の師匠の畠山夫妻のご縁で東京から駆けつけた藤間流家元や若衆男組、高田音頭や独自振り付けの新作「スカイツリー」を踊る姿はあでやかです。復興は遠い先だとしても、まずは復帰。顔を合わせることで気持ちが奮い立つ。何が何でも盆踊りを復活させたかったと畠山さん。楽しみ方にも楽しませ方にも気合が入っています。

実行委員長は地元の若い豆腐屋さん。補佐役に回った年配の委員さんに伺うと、「死者行方不明者は高田市全体で1500人、広田地区だけでも仮設住宅入居者を上回るくらいいる。物資よりも気持ちを奮い立たせてくれるこうした企画の応援が嬉しい。絆という言葉が氾濫しているけれど、きれいな言葉より表情やしぐさに気持ちが出る。ほら、みんないい顔してるでしょう。」本当に!子どもや若者が多いのにもびっくり。

畠山夫妻は、危ないので娘夫婦には高台に家を建てさせたと言います。孫2人と元気に三世代一家6人で仮設の盆踊りを楽しんでいました。踊りがはねた後、みんなで畠山家にお邪魔して、朝釣り上げたという松皮カレイとナマコに舌鼓を打ち、夜も更けたころ辞して一関に帰りました。

仮設店舗の繁盛を見ても、人が戻り出せば必ず復興は成ると思いました。定住できるだけの安定と安全を国がどれだけ保障できるかが問われていると思います。私たちもできるだけお手伝いしようと思います。

仮設のみなさんがお礼に
くれた「ふくちゃん」

 

 

 

 

 

 

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