沖縄復帰40年

季節はあっという間に移り、もうすぐ5月です。

19日には根津神社のつつじまつり観躅会に参加しました。つつじ苑は早咲きの株のみ花を開き、他はほぼ緑一色の観躅でしたが、池の畔では八重桜や姫リンゴが満開。がくだけピンク色で花びらが白い姫リンゴの花はとても可憐でした。

今年は花たちがそろって遅咲きで、これも自然の摂理と観念し、祭りの時期の方をずらしては、と思ったりもします。

街角では出猩々(でしょうじょう)モミジや同じく新芽が赤いカナメモチがきれいです。そろそろ楠の紅葉も始まり、赤と緑のコントラストが鮮やかな季節に移ります。ほんとうにあっという間ですね。

 

話は変わり、つつじまつりは43回目ですが、40年前の5月15日、沖縄がアメリカから日本に返還されました。その日、大学生だった私は、初めてパスポートをとり、復帰式典に参加する祖父のお供で沖縄に渡りました。そして帰りは国内線でパスポートなしで帰って来るという感動を味わいました。

私財を投じ、沖縄の本土復帰に心血を注いだ祖父の姿を見て育った私は、本土と沖縄の一体化を素直に喜び疑いませんでしたが、あとから聞くと、当時中国、台湾、アメリカの一部になった方がよいという意見もあったそうです。

今、八重山諸島での教科書採択問題や尖閣諸島の領有・所有に関する喧々囂々を見るにつけ、長い歴史の中で覇権主義に翻弄され、基地を押しつけられ、本国に信頼がおけずにずっと虐げられてきた琉球・沖縄の疎外感を改めて思い知らされます。

 融合とつながりの文化を持つ国境に暮らす人々の頭越しに、遠く離れた中央から支配と差別の論理で決めつけ、しかも他県の島の購入・所有について傍若無人に、あたかも国の代表のように、わざわざアメリカの首都で宣言する傲慢な某知事には今さらながら辟易します。

だいぶ前のことですが、内田樹さんが沖縄の基地問題について朝日新聞の紙面批評で論じていたことが印象に残っています。

www.asahi.com/national/intro/TKY201203120541.html

防衛戦略上の必要性論理と、騒音、墜落事故、性暴力などの生活上の論理とではレベルがかみ合わず、解決するには、なぜ沖縄に軍事基地が必要なのか、そして、どういう条件なら米軍は沖縄から出ていけるかに立ち戻って議論するしかないのに、日本の政府も外交もメディアもその根源的な問いかけをしない、という論旨でした。

4月19日の外務・防衛審議官級協議で、嘉手納飛行場以南の軍事施設を段階的に返還することで日米の合意ができたことが報じられましたが、普天間飛行場の移転問題は決着せず、まだまだ沖縄の人々の問題は解決されそうもありません。

今回の石垣島へのPATRIOTミサイル配備にしても、なぜ石垣なのか、秒速8㎞とかの弾道ミサイルに対応できるのか、などまったく報道されておらず、そもそも北朝鮮のミサイルがどの方向にどのくらい飛ぶかも定かでない中で、無意味と思えることを沖縄人の危険を顧みずにおこなうことの説明がまったくないのです。

2年前の沖縄県知事選挙で敗れた伊波洋一氏(当時の宜野湾市長)が、普天間海兵隊基地は巨大な嘉手納空軍基地のとなりで、なくても支障はないとして、グアム移転案とその後の跡地再開発案をつくっていたことを知る人は、本土ではごく少ないでしょう。

景住ネットの沖縄大会で私はその案を見て、経済的にも生活上もとても現実的な対案だと思ったのですが、取材に来ていたメディアがまったくと言っていいほど取り上げなかったのが驚愕であり恐怖であり、政治的圧力を感じました。

私見ですが、当初普天間県外移転に懐疑的だった仲井真弘多知事が、その頃から伊波氏の説得力に危機感を持ち、県外移転に転じたと考えています。

新沖縄フォーラム発行の「けーしかじ(返し風)」74号特集「八重山から国境を見る」によると、琉球処分で沖縄県が設置されたのが1879年、内閣が魚釣島などを領土に編入したのが1895年、その間、台湾に対して自分たちの国だと主張する自信がなかったのではないか(八重山歴史研究家大田静男氏)ということです。

台湾を植民地にしていた時期、特に戦時中も遭難者を台湾漁民が救助したり、協力し合ってきて、日本が領有を主張してからもアホウドリやカツオドリの卵を取りに来たり、入り会ってきたわけで、支配を主張する国は国境の人々の生活感覚を知らないか無視しているとしか思えません。

中国脅威論を背景に防衛意識が高まり、与那国町長は自衛隊誘致歓迎を表明したが、それは原発受け入れ同様、産業のない自治体が手を挙げるよう仕組まれた構図。軍備ではなく文化的つながり合いを活かしていくのがよい。そしてこの島にはそれがよく似合う。(尖閣列島戦時遭難者遺族会山根頼子氏)と、同特集では述べています。

 

この度、復帰40周年を記念して、中国、薩摩、大和との融合文化の代表格、紅型展を各地でおこないます。折しもドラマ仕立ての琉球王朝の歴史「テンペスト」が放映中ですが、そこに登場する華やかな色合いの衣装が紅型です。

私の祖母の紅型も展示されます。お時間がありましたら、以下の日程のどれかをご覧いただければ幸いです。

www.m-fujiwara.net/schedule/2012/04/24/

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