遺跡見学会その2 神田上水跡

 

まずは遺跡見学会その1の報告・・・小石川植物園

「黒曜石の矢尻」が出土したという話を聞いたと書きましたが、10日の現地での説明で、これがまさに矢尻状の有舌尖頭器だったことがわかりました。

黒曜石は正しかったわけです。矢尻というのが矢尻状の槍先ということでした。

当日は約250人の見学者が来て、3回のはずだった説明は7回おこなったそうです。すごい人気ですね。植物園の人気もあるし、埋蔵物に対して憧れやロマンを感じる人が多いということでしょうか。

発掘現場は、見学用にか非常に丁寧に整備されていて、地層までわかるように線引きされていました。

旧石器時代、縄文時代、弥生時代の遺物とともに、17~18世紀、徳川綱吉の時代の井戸、地下室(むろ=倉庫)、土取り穴(宅地造成用の盛り土採取跡)の遺構などが、塀の内側にずらっと並んで確認されました。

いずれ今の塀を撤去し、この遺跡を埋め戻してブロック塀?鉄塀?パンチング?などにするのでしょうか。いずれにしても基礎を打って塀をつくるときに壊してしまうのでしょうか。このまま保存して、塀は今のままの位置で建て替えられないのか、なんとも理不尽な気がしました。

よく文京区はどこを掘っても文化財が発掘されると言われますが、量が多いので保管するのも大変そうです。

教育委員会の方に伺ったところ、都内で発掘された物はその場所が公有地だろうと私有地だろうと所有権は東京都にあり、保管はその土地の所有者がおこなう規定になっていて、発掘場所が大学や研究機関などだと申し出で所有権も移転する場合があるそうです。

文京区ではランク分けしながら四阿学園などで保管しているとのことでした。

 

さて、遺跡見学会その2のお知らせ・・・旧五中の神田上水白堀跡

12月20日(火) 10:00~12:00, 13:00~15:00

場所: 新福祉センター建設予定地 旧第五中学校の正門前

www.city.bunkyo.lg.jp/view.php?pageId=1449&blockId=497767&calendarMode=article

巻石通りの下に江戸で初の上水道、神田上水があったことは事実として知られていますが、関口で分水され白堀と呼ばれたこの辺りは、それまで開渠だったのが明治10年に石蓋をされ、暗渠化されて巻石通りができたということです。

今回発掘されたのは、北側側面の石垣と底の胴木の部分で、蓋は見つかっていませんが、暗渠化後初出土ということで歴史的にも大変貴重な遺跡だと思われます。

文京区では福祉部特命担当の事業として、現地での一部保存と展示を考えているということです。

植物園のように間際まで行って見ることはできないようですが、ぜひ楽しみにお越しください。

読売、産経、東京の各新聞が報道していましたが、産経新聞の記事は以下です。

sankei.jp.msn.com/region/news/111207/tky11120719540009-n1.htm

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