東京文化財ウィーク

昨日は文化の日でした。今週は「東京文化財ウィーク」。

みなさん、文化を楽しんでいますか?

さわやかな空気の中で文化を楽しむ秋・・・だというのに文の京のHP、

催物のコーナーが菊祭りだけとはあまりにも貧弱、絶句。

 

暮らしのガイドの「教育・文化」の「生涯学習・文化・芸術」コーナーは8月10日から更新なし。

ひとつクリックすると「ただ今記事はありません」、もうひとつクリックすると、すでに終了した企画「文京ゆかりの作家たち」

教育委員会のページにも文化的企画はひとつもなし。

 

情けないなあ・・・・・でも、人々はさまざまな場で文化を守っています。

 

東京都教育委員会主催の「東京文化財ウィーク」参加企画、目白台の「村川邸100歳見学会」と千駄木旧安田邸の「人形師三代永徳斎」の

展示会を見ました。

www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/09/20l9m600.htm

 

村川邸は明治44年に東京帝大教授の村川堅固氏が建てた木造の”洋館つき住宅”、 国登録有形文化財です。

今も代々お住まいですが、この度初めて公開されました。

居宅として今も使っているところを公開するのは、さぞ覚悟がいったことと思いますが、当初の造作をていねいに手を入れながら保存されていたことがよくわかり、「住・食・衣主義」の創建の志もさることながら、守り抜いた誇りを隠さず示してくださったご当主夏子さんに感謝したいと思います。

 

私が初めてこのお屋敷を知ったのは、6~7年前、所属NPOが受託した文京区の保護樹木調査で訪問したときです。

格調の高い屋根つきの門の中に、大谷石(凝灰岩)張りの変わったお蔵があり、板壁の洋館があり、古い日本家屋があり、そこに樹齢100年は有に超す巨木がありました。

前面道路は狭い区道の2項道路ですが、道路に枝がランドマークのようにせり出していて、すぐに近所から苦情が来るせちがらい当節でも周囲からも認められているんだろうな、とうらやましく思ったものです。

夏子さんに、維持がさぞ大変でしょうね、とお話ししたのを覚えていますが、その後目白台公園の樹木保護のことでご一緒する機会もあり、何かにつけおつき合いいただいてきました。

 

6日のシンポジウムに参加できないのは本当に残念ですが、宿題としていただいた、工学院大学の助成で作成した立派な冊子 「村川邸百歳誕生会」 を勉強することにします。

 

11月はほかにも文化的な行事が(本当は)満載です。

23日の一葉忌には、本郷の法真寺と菊坂の旧伊勢屋質店で樋口一葉にちなんだ展示があります。

 

5日、6日は日本女子大で、文の京地域文化インタープリター(IP)によるシンポジウム「地域と文化財」があります。

www.m-fujiwara.net/schedule/2011/11/05/

 

文京区もせっかく区内大学との協働でIPを要請したのですから、広報したらよいと思うのですが、文京アカデミーのHPにIP講座のことが少し出ているだけで、IPとなった80人の方たちの活躍を紹介する広報がひとつもないのはどうしたことでしょうか。

頑張れ、文京区!文の京の名が泣きますよ!

 

 

それはそうと、思いっきり長くなりますが、先日神楽坂で登録文化財5ヶ所を見てきました。

これも東京文化財ウィークの企画、NPO粋な街づくり倶楽部と新宿区の共催でした。(後援ではなく共催ですよ!)

 

矢来能楽堂、平屋の木造住宅、洋風ハーフティンバーの建築事務所、そして元待合い常盤家だった住宅(申請中)などどれも普通に今でも使われています。

神楽坂は戦争で消失し、文京区ほど古いものはありませんが、登録文化財は50年たっていれば多少の改修もOK、「再現が容易でない」という条件だけで申請できるゆるやかさが魅力。

生活に溶け込み愛され続けています。愛するぞ!守るぞ!と肩肘張るわけでなく、自然と守り住む人たちって生き生きとして素敵です。

 

気がついたのは、あんなに狭い路地、密集した街なのに空が広い!意外に緑が多い!そう、高さが揃って低いのです。なんとも言えぬ開放感。居心地のよさ。

  

霞ヶ関ビルを設計した池田武邦さんは、自身が設計した新宿三井ビルの50階から地上に下りたら知らぬ間に雪が降っていたことをきっかけに、自然環境派に回帰したといいます。

 

戦地で死に直面し、風通しの良い畳の上に寝ころびたいと感じた池田さんは今、長崎県の茅葺きの家に住んでいるそうです。

みなさんはどんなところで死にたいですか?

ここで死にたい、と言えるところに住めるかどうかが問題かな?

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